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モフモフ、嗅跡する
「やだ。この子、やっかんでいるわ」
「いや、クミ。怒り狂っているんじゃないのか?」
ミニモフモフがあまりにも可愛らしく妬いているのでそう言ったところを、アニバルが冷静にツッコんできた。
「ああ、そうね。よそのワンちゃんのことを褒めたからね」
「お嬢様、ワンちゃんってやきもちやきが多いらしいですよ」
「いや、二人とも。ズレまくっている気がするんだが……」
「しまったわ。つい、ワンちゃんのことで盛り上がっちゃって。こうしている間にも、殿下が殺されるかもしれない。ミニモフモフ、はやくなさい。うまくいったら、ご褒美に口づけしてあげる」
「キュッキュッキュー」
ミニモフモフは、ご褒美のことがよほどうれしいのね。体全体を左右にフリフリしながら右肩上から飛び跳ね、地面に着地した。
それから、街道を国境のある方角へダッシュした。
「行くわよ」
当然、わたしたちもダッシュよ。
フフン。日頃のランニングの成果を発揮するときよね。
動きやすいよう、ランニングのときのズボンとシャツを着用している。靴もランニング用の紐靴。
どこまででも走れるわよ。
街道を行く人たちは、わたしたちが駆けて来るのに気がついてすぐに道を開けてくれる。
アニバルもカルラも、うしろからついて来れている。
カルラは、わたしに付き合ってときどき運動をしている。それに、農作業や家畜の世話で体をよく動かしている。だから、そこそこ体力がある。
アニバルはさすがよね。ただの小説家の担当編集者じゃないですものね。それはあくまでも仮の姿で、じつはアレックスにこき使われている使い走り。だから、体力があるのね。
ミニモフモフは、すぐに街道からそれて住宅地に入ってしまった。
ここの住宅地も、家々は白い壁で統一されている。長屋形式の家が建ち並び、玄関前には小さな庭がある。
ミニモフモフは、そんな住宅街の中にあるポツンと一軒ある邸宅の門をくぐって中に入ってしまった。
門をくぐってみた。きれいに整備された前庭が広がっている。噴水や庭園を通りすぎ、やっと建物のエントランスが見えてきた。
石造りの二階建ての立派な建物である。
「領主の館かしらね」
「いや、違う」
アニバルに問うと、彼は即座に否定した。
「いいから、その男と話をさせてほしい」
「だから、おまえは何者なんだ?」
エントランスの辺りから、言い争う声が流れてきた。
ミニモフモフは、すでにエントランスへ駆けて行ってしまっている。
わたしたちもそのまま駆け続けた。
アレックスがいる。それから、食堂に乱入してきた男たちの姿も見える。
「セシリオの友人の友人だ」
「ああああ?そんなもの、ただの他人じゃないか」
アレックス、どういうことなの?
わたしの元夫に会う為に、乱入者たちを追いかけたの?
わたしたちの予想をはるかに上回る彼の行動は、小説のあるあるにはあてはまらないかもしれない。
「アレックス」
殿下と呼ぼうとして、なぜかそれがはばかられた。
すごいわ、わたし。もしかして、女の勘?それとも第六感ってやつかしら。
まるでわたしの小説の女暗殺者「黒バラ」ことエルバみたい。
ちょっと自画自賛ね。
「いったい、なんの騒ぎなの?」
わたしたちが速度を落としてエントランスに近づきはじめたとき、建物内からだれかが出て来た。
アレックスと対峙している元夫を連れ去った連中の数名は、元夫を両脇から抱えている。
元夫は観念しているのか気絶をしているふりなのかはわからないけれど、とにかくグッタリしている。
足を止めた。
アレックスがわたしたちに気がつき、チラリとこちらへ視線を向けた。
当然、元夫を連れ去った連中もわたしたちに気がついている。が、彼らは意に介さないようである。というよりかは、建物内から出てきた人物を気にしているみたい。
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