元夫の奥さんまで現れた

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元夫の奥さんまで現れた

「なんなの、そいつ?連れてきちゃったの?殺して捨てればよかったのに」  現れた人物は、目がチカチカするようなピンク色のドレスを身にまとっている。  以前、図書館で見かけたときにきいた声。  元夫に離縁を叩きつけられたとき、彼が侍らせていた。そのとき、彼女は一言も言葉を発しなかった。  だけど、間違いないわ。一度きいたら忘れられない声だから。  ねっとりと耳にまとわりつくような不愉快な声。  彼女に間違いない。  元夫の二人目の妻のビクトリアである。 「ビ、ビクトリア……、よかった。会いたくて会いたくて、捜しに来たんだ」  そのとき、それまでグッタリしていた元夫がガバッと顔を上げて暴れはじめた。  なるほどね。元夫は、自分の前から消えた妻を捜しに来たわけね。  それにしても、元夫はバカ?あぁバカなのは知っているけれど、彼はこの世界で五本の指に入るくらいのバカなのかもしれない。  詳しいことはかわらないけれど、元夫はビクトリアにだまされていることに気がついていないわけ?それとも、すべてを知っているのに追いかけてきたわけ?  前者は前者で問題だけど、後者は後者で大問題だわ。 「ビクトリア?だれ、それ?」  わたしたちがビクトリアだと思っている女は、そうすっとぼけてから大笑いした。  その甲高い笑声に、この場にいるだれもが眉間に皺をよせている。  すりガラスをひっかく音とか、ブラックボードに爪を立てる音に匹敵する笑い声だわ。 「あんた、ほんとおめでたいわね。わたしは、聖女のように穏やかで親切で気遣い抜群の貴族令嬢なんかじゃないわ」  彼女は、元夫がわたしに離縁を叩きつけたときの自分への褒め言葉を引用した。 「わたしはね、アラニス帝国とモリーナ王国を拠点に活動している慈善活動家よ。そういう組織の一員なの」 「じ、慈善活動?だったら、やはり聖女だ」  元夫は、周囲の男たちに取り押さえられながらも期待感満載で自称「慈善活動家」に熱い視線を送っている。  それにしても、彼女は「慈善活動家」なのね。  じゃあ、貴族や資産家たちをだまして巻き上げたり奪ったりしている金貨は、根こそぎそういう活動にまわしているわけなんだ。  系統は違うけど、わたしの「黒バラの葬送」により近いのは、彼女の環境よね。だったら、彼女の側にいる方がより作品作りの為になるのかしら。  でも、暗殺される予定のアレックスの環境も捨てがたいわよね。 「聖女?ええ、そうね。そんなふうに言ってくれるのは、あんたくらいよ。だけど、残念ながらあんたはもう何もかも失った。地位と財産などね。まあ、フツー矜持とか名誉とかもくっついてくるんでしょうけど、もともとあんたはそういうのとは無縁だったもの。とにかく、なんにもないあんたはもう用なしってこと。わかる?それこそ、金の切れ目が縁の切れ目ってやつよ」 「きみの言っていることがわからない。おれは借金取りだけでなく、役人にも追われている。もうアラニス帝国には戻れない。というよりか、なるべく遠くへ逃げないと追手に捕まってしまう」  元夫のことを「お気の毒に」、なんてことはちーっとも思わない。だって自業自得だし、彼が愚かすぎるだけなんですもの。  元夫は、人目をはばからずワンワン泣きはじめた。  周囲の男たちに取り押さえられていなければ、文字通りエントランスの床上に泣き崩れたに違いない。 「知らないわ」  彼の惨状に対する彼女の答えは、たった一言だった。  あまりにもすっきりくっきりはっきりしすぎていて、逆に清々しい。 「あら?いい男ね」  そこで彼女は、まったく知らない人間が居合わせていることに気がついた。  美貌のアレックスに色目を使おうとでもしているのかしら。 「でっわたしに何の用かしら、色男さん?」  なんだろう。  彼女は、たしかに美しいしお色気満載である。彼女もそれを自覚している。だからこそ、それらを武器にして元夫のような愚か者を釣り上げる。  その自信のあらわれが、いまの問いってわけなのね。  全世界の色男が、自分に興味を抱いていると思い込んでいる。  ちょっと待ってよ。  スケコマシのアレックスが、彼女の美貌や色香にどう反応するかしら?  ちょっと期待してしまう。  彼が彼自身の「白ユリの楽士」の主人公スケコマシのセシリオを髣髴とさせるテクニックを、披露してくれるかもしれない。  そんな期待とは反面に、心の奥がチリチリしているしイライラもしている。  どうしてこんな複雑な気持ちに陥っているのか、当然自分ではわからない。
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