あんたには尋ねてないし

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あんたには尋ねてないし

 チラリと周囲に視線を送ると、この場にいる全員がアレックスに注目している。  いえ、訂正。  アニバルだけはヨレヨレの襟をムダに直したり、皺だらけのズボンを引っ張り上げたりしている。 「いやあ、用があるかどうかはまだわからんな。だいたい、きみのこともまったく知らないし」  そのアニバルが指先で顎をかきながら言った。 「あんたじゃないわ、小太りさん」  おおっ、自称「慈善活動家」さん。なかなか言うわね。 「小太りさんだと?こういうのは筋肉質っていうんだ。ふんっ、なにが「慈善活動家」だ?貧しい人たちに金貨を配っているのか?それとも、環境改善に貢献しているのか?そんなわけはないよな。このモリーナ王国とアラニス帝国、それから周辺の国々で「貢献と奉仕」をモットーに活動をしている集団は、その「貢献と奉仕」といっても困っている人や助けが必要な人たちに対してではない。つまり、慈善活動を掲げて悪のかぎりを尽くしているってことだ」  あら、どうやらアニバルのひとり舞台みたいね。  さすがよね。アレックスの使い走りである彼は、小説の中で表現するところの小悪党的存在の彼らのことも把握しているのね。  じゃあ、先程の自称「慈善活動家」の「色男さん?」に対するボケっぷりは、前フリ的なものだったのね。 「なんなの、この小太り?」 「どうした、ハニー」  自称「慈善活動家」は、アニバルのひとり舞台が気に入らなかったみたい。  彼女が官能的な唇をへの字に曲げたとき、建物内からあらたな人物が出てきた。  その男性はお風呂に入っていたのか、あるいは何らかの運動をしていたのかはわからないけれど、上半身裸で右肩にタオルをひっかけている。  わおわおっ!  小説の中では主人公の敵の一人で、そこそこ重要だけれども結局は死んでしまうか、逆にシレッと主人公を助ける役割を担う。そんな人物のようなカッコいい外見をしている。当然、上半身というのもそこそこ筋肉がついている。  まぁ、すくなくともアニバルよりかはきれいな体なんじゃないかしら。  いまだかつてアニバルの裸は見たことがないから、断言は出来ないけれど。  カルラだったら、見たことがあるかしら?  いやだわ。わたしったら何を言っているの?彼女がそんなふしだらなことをするわけないじゃない。  ちゃんと婚約をするとか、いえ、婚儀をすませたその夜までは、あーんなことやこーんなことはやっちゃダメよね。  顔が火照ってきたのを自覚する。  わたしってば、ほんとウブよね。  っということにしておきましょう。  それはともかく、ムダに上半身を見せびらかしている男は、自称「慈善活動家」でありビクトリアという名だった女を抱きしめ、その唇に口づけをした。  彼の上半身で、大粒の汗が陽光でキラキラ光っているのがここからでもわかる。 「ハニー、戻ってこないから様子を見に来たんだ」  上半身裸野郎は、彼女の唇から自分のそれをはなすと甘ったるい声でささやいた。  うわぁぁぁぁぁ……。  いくら話の展開上必要であっても、大勢の読者たちが期待していようと、すくなくともわたしはこういうシーンは書けそうにないわ。  こういうわざとらしくって「バカじゃないの」って言いたくなるようなシーンは、アレックスのジャンルになるわよね。  しかも、ささやいてからまたやりはじめた。  口づけを、である。下品な音まで立てて。  目のやり場に困る、ということはない。  だって、こういうのを目の当たりにする機会はなかなかない。自分の知識として、しっかり見守り、頭の中に刻印し、心に焼き付けておかなけばならない。  わたしったら、ヤダわ。  自分のときも、こうして冷静に見つめているのかしら。  フツーだったらをは閉じ、顔を少し上向き加減にして唇をツンと突き出す、はずよね。  わたしの作中では、女性もかなりヤル気満々だし、いろんな意味で相手を警戒しまくっているので、自分から目が見えなくなるような状況をつくることはまずない。つまり、瞼を閉じるようなことはしない。  だけど、アレックスを含めた他の作家たちの作中では、たいてい瞼を閉じている。  自分から目が見えない状況を作るって、不安じゃないのかしらね?  そんなふうにシンプルに問いたくなる。
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