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ビビアナとフリオ、ね。
そんなことをかんがえている最中でも、二人は「チュッチュ」と大盛り上がりしている。
「やめろっ!やめてくれっ」
もう一人、その人目をはばからない恥ずかしい行為を見つめている者がいる。
元夫である。
必死にその行為を止めようとしている。
「なんだ、この男は?」
「ただのバカよ。わたしのことをまだ愛しているらしくって、追いかけてきたのよ。まぁ、役人やら借金取りから逃げているっていうこともあるみたいだけど」
上半身裸野郎は行為を中断し、自称「慈善活動家」に尋ねた。
元夫のことは大嫌いだし気に入らないけれど、さすがにかわいそうになってきた。
「ああ、おまえの……。それにしたって、よくここがわかったものだな」
「ふふん。グレンデス公爵家の情報網をバカにするなよ」
元夫は、なぜかエラソーに答えた。
「あああああああああっ!」
それをぼーっと見守っていて、とんでもないことを思い出した。だからつい、小さく叫んでしまった。
「お嬢様、またですか?」
「クミ、いいかげんにしろよ」
カルラとアニバルに、また怒られてしまった。
「すっかり忘れていたのよ。以前、ビクトリアって、ほんとうはそんな名前じゃない彼女のことを、探偵を雇って調べてもらったって言ったわよね?その結果をきいたとき、探偵に金貨を余分に渡してお願いしておいたの。グレンデス公爵家がどうかなって、セシリオが路頭に迷うようなことがあったら、彼女の居場所を調べて教えてあげてって。あっ、違うわよ。彼への同情とか憐憫から頼んだわけじゃないの。わたしのところに来られては困るでしょう?すくなくとも、わたしの居場所の方がすぐにバレるんですもの。それだったら、彼女の方に行ってもらった方がいいから。もっとも、フツーなら元夫が離縁した元妻を頼るはずはないんだけど。もしも、の場合に備えただけだった。でも、ほんとうにもしもの場合になったわよね。予期しなかったのは、ここにわたしまで登場してしまったってことよね」
二人に小声で説明した。
こんな内容、元夫にきかせるつもりはないから。
「ああ、そこは小説あるあるだな。離縁を叩きつけた元夫。その元夫を罠にはめたあたらしい妻。それから本人。どこかの線上で交わり、またあらたな修羅場を作り出す」
「アニバル、あなたもなかなかやるじゃない。たしかにそうね。でも、こういう修羅場は勘弁してもらいたいわ。自分事より他人事の方がずっとずっと面白いでしょう?ねぇ、アレックス?」
どうかんがえたって、暗殺されそうなアレックスの方がずっとずっと面白いわ。
アレックスに同意を求めたけれど、彼にはきこえなかったみたい。
というわけで、あの探偵はちゃんと仕事をやってくれたわけね。
「それよりも、おまえはだれだ?彼女は、おれの女だぞ」
おバカな元夫が上半身裸野郎に尋ねた。どう控えめに見たって、彼が元ビクトリアといい仲であることはあきらかなのに。
どうやら、彼は現実を見つめないばかりか自分の目で目の前のものを見たくないらしい。
「おい、ビビアナ。こんな顔だけの男、よくいっしょにいられたものだな」
「フリオ、フリオ。いつものことでしょう?こいつは、顔が見れるだけまだマシよ。顔だけ見ていりゃいいんだから」
「だろうな」
二人は、内輪だけの冗談で大笑いしている。
いまので、ビクトリアだと思っていた彼女の名前がビビアナで、その彼女のほんとうの男であり慈善活動の組織のボスである彼の名がフリオだとわかった。
「もうわからせてやるのも面倒だわ。こいつのお頭はお花畑なんだし、言ってもわからない。すぐにでもやっちゃえば?」
「おいおい、ビビアナ。ここはアジトの中でも一番のお気に入りなんだ。そこを血で穢すなんて勘弁してもらいたいな」
「なんてことなの」
思わず、言葉を発していた。
全員がわたしに注目した。
「作中に出てくる気取り屋の悪党みたいな台詞をリアルにきけるなんて、ちょっと感動だわ」
だってそうでしょう?
フリオだったら、ビビアナに「おまえのその血を吸ったような真っ赤な唇にそそられるぜ」とか「おまえの為なら屍の山を築いてやる」とか、小説の中のカッコつけの小悪党のようなダッサダサの台詞を平気で言ってのけるのでしょうね。
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