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「殿下を殺す?」
「殿下、今度こそ決着をつけさせていただきますよ」
ベレー帽の男は、指先でベレー帽を上げつつ言った。
「ちょっと、使い捨ての駒さん。アレックス一人を殺すのに、ずいぶんと手間と時間がかかるのね」
ベレー帽の男の前に立ちはだかった。
右肩上にミニモフモフがいるので、なーんにも怖くない。
この前、ランニングの途中で待ち伏せをくらったとき、彼はミニモフモフのことを知っていて怖れていた。
だからミニモフモフがいれば、そうそう手出しは出来ないはず。
「な、なんだと?殿下を殺す?」
「そう言ったつもりよ。いくらミニモフモフがいるからって、大げさに反応しすぎない?」
「おまえの言っていることはよくわからんな」
ベレー帽の男は、全力ですっとぼけた。
「でっ、改心したの?」
「はあ?おまえの言うことは、いちいちわからんことだらけだ」
「わたしにほだされて任務のことを忘れていたでしょう?ちゃんとアレックスを殺す気満々になっているのかって尋ねたの」
「だれがおまえにほだされたって?」
ベレー帽の男は、左右にいる私兵たちと顔を見合わせた。
「またすっとぼけちゃって。それとも、忘れちゃったの?物忘れが激しすぎるなんて、まだそんなに年寄りには見えないけど。でっ、どうするの?アレックスを殺るの、殺らないの?」
「だから、どうして殿下を殺すという解釈になるんだっ」
彼は、この期におよんでまだすっとぼけている。
「あー、クミ。ちょっといいかな?」
「アレックス。あなたはだまっていて。あなたを殺すかどうかの瀬戸際なんだから」
せっかくアレックスの生殺与奪の権について話をしているのに、その彼が邪魔をしてくる。
「お願いだ。ちょっとだけきいてくれないかな?」
アレックスったら。しつこいわね、もう。
「いいわ。ちょっとだけよ」
「彼らは、ぼくを殺しに来たわけじゃない」
「またまたぁ。アレックス、あなたって人がいいところがあるものね。あのベレー帽の男の嘘を信じじゃダメよ」
「信じるとか信じないとかじゃない。ほんとうに殺しにきたわけじゃないんだ。アニバル、きみからも言ってくれよ。それからドロテオ、きみもだ。だいたい、きみらが悪ふざけをするからじゃないか」
アレックスは、アニバルからベレー帽の男に視線を移した。
んんんんん?いったい、どういうこと?
「あー、アレックス。おれじゃない。ドロテオが調子にのってクミをからかったからだ」
「な、なにを言いだすんだ、兄さん」
「に、兄さん?」
アニバルとベレー帽の男の会話にぶっとんでしまった。
カルラも驚いている。
「ああ。あいつは、おれの双子の弟だ」
アニバルは、ベレー帽の男を指さして言った。憎たらしいほど爽やかな笑みとともに。
「ぜ、全然似てないじゃない」
そう。アニバルとベレー帽の男は全然似ていない。兄弟ということなら、ギリギリセーフってれべるかしら。
「そりゃそうだ。二卵性だからな」
「ああ、それね」
あっさりしたものである。二卵性ならまーったく似ていない。それはそうね。
まだ作中で二卵性双生児は使ったことはないけれど、いつかは使うつもりでいる。
「ということは、あれも王子?」
「あれって、ひどいな」
ベレー帽の男を指さして言うと、彼は不貞腐れている。
「もちろん。あれもおれと同様に諜報員だ。あれは、悪を気取っている。ほんとうは、弱虫で泣き虫でいじけ虫なのに、悪者を演じているってわけだ」
「兄さん、ひどいじゃないか」
ベレー帽の男は、アニバルの言う通りいじけ虫みたい。
いじいじと大理石の床を爪先で蹴りはじめた。
「それで、どうして弱虫で泣き虫でいじけ虫がアレックスの命を狙うわけ?まさか、弱虫で泣き虫でいじけ虫が王太子の座を狙っているの?それとも、他の王子と結託しているとか?」
「だから、命を狙われているわけじゃない。ぼくを王都に連れ帰ろうとしているだけだ。そもそも、ぼくの王太子としての座はゆるぎない。王子だって、ぼくらだけだ」
「ぼくらだけ?」
耳を疑ってしまった。
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