アレックスは連れ去られるだけさ

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アレックスは連れ去られるだけさ

「そうさ。モリーナ王国の王子は、アレックスと弟とおれの三人だけだ。あいつと弟は、王太子どころか王子でいることすら嫌だ。しきたりやら作法やら、守らなければならないことがありすぎる。だから、弟とおれは外にでた。したがって、事実上王子はアレックスだけだ。彼は、名君となるといまから期待している。いまのところ、彼を排除しようなんて動きはまったくない。というわけで、アレックスが命を狙われる理由はまったくないわけだ」 「呆れたわ。それにつまんない」 「いや、クミ。ちょっと待ってくれ。命を狙われないのが、どうしてつまらないんだ」 「だってそうでしょう、アレックス?もっと緊迫の状況じゃないと……。でっ、黒幕はだれ?百歩譲って連れ帰られて、無理矢理何かをされるとかさされるとかでしょう?」 「クミ。きみは、是が非でも不穏きわまりない状況にしたいんだな」 「当り前よ。アレックス。残念だけど、あなたとわたしはジャンル的に一生相容れないわね」 「……」 「おいっ、アレックス。絶望感が漂いまくっているぞ」  アレックスは、なぜかかたまってしまっている。  そのアレックスにかわり、アニバルが説明をしてくれた。 「アレックスを連れ戻すよう弟のドロテオに命じたのは、国王陛下と王妃殿下、つまりアレックスの実の両親なんだ。まぁ、おれも命じられていたんだが、カルラとすこしでも長くいっしょにいたいからついついダラダラすごしてしまった。両陛下は、それで業を煮やしたんだろう。ドロテオを派遣したわけだ。ああ、なぜアレックスを連れ戻したいかって?それは、いまから説明するよ」  わたしが口を開くよりもはやく、彼は続けた。 「二人は、アレックスの熱烈なファンでね。正確には、アレックスのペンネームナタリア・イグレシアスの著書「白ユリの楽士」のファンだ。二人は彼の筆の遅さにかなりイライラしている、というわけだ。だから、連れ戻して王宮のアレックス自身の部屋に閉じ込め、強制的に原稿のチェックも含めて書かせようというわけだ」 「ああ、そうそう。隠れ家にお忘れになっていた原稿は、ちゃんと回収して鍵付きの木箱に保管しています」  アニバルの説明に、ベレー帽の男ドロテオがおずおずと付け足した。 「なんてこと。隔離して強制的に書かせるなんて、最悪だわ」  ゾッとしてしまった。 「あの、お嬢様。『そこ』、が重要なんですか?」  カルラが尋ねてきたけど、「そこ」以外になにがあるというの? 「クミ。ドロテオが最初にきみに会ったのは、ほんとうに偶然だった。おれは、念のため弟に隠れ家の場所は教えなかった。嫌な予感がしていたからな。おれがアレックスを連れ帰らなかったら、弟が捜しに来るような気がしていた。ドロテオも諜報員。きみの別荘を調べ上げ、翌朝きみに絡んだ。それで、ロボを見て確信した。おれたちがきみに会っているということを。きみの別荘にいるということが明確になったわけだ。そして、別荘にやって来た」 「すまない、クミ。きみがきみのジャンルっぽい展開になっているのをよろこんでいたようだから、つい演技をしてしまったんだ」 「そうだな。アレックスの言う通りだ。みんな調子にのって、それっぽい雰囲気にしてしまった。悪かったよ」  アニバルとアレックスは、気弱な笑みとともに頭を下げた。 「なに?こんなの、とんでもない話だわ」  思わず、口から言葉が飛び出していた。 「クミ、まだあるんだ。王都に連れ戻すのは、アレックスだけじゃない。きみもなんだ、クミ」 「えええええええええっ!うそおおおおおおおっ」  アニバルの「きみもなんだ、クミ」という台詞が、頭の中でこだましている。  どうして?なぜ、わたしまで拉致されなきゃならないの?
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