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【最終話】なんか違うけど、小説だったらハッピーエンドのはず……
「クミ、どうかいい返事をくれないか?」
返事を迫ってきたアレックスの顔が近い。っていうか、近すぎる。
それこそ、舌を伸ばせば彼の鼻をペロッとなめられそう。
「もちろん、行くわ。だって、王妃様のイラストを見たいんですもの。それに、モリーナ王国の王都も見てみたいし。王子のだれかを殺したかったけど、王子が目の前の三人しかいないんだったら、念のため国王陛下にするかもしれないから。だから、国王陛下のことを知っておかなくっちゃってやつですものね。いいわよ、ついて行く。それでいいわよね、カルラ?」
「え?お、お嬢様?なにか、違う気がするんですが……」
「カルラ、いいんだ。きみさえ一緒なら、おれはそれでいい。アレックスは、自分でどうにかすべきだ。それが、次期国王となる者の試練。ということにしておこう」
「そ、そうなのですか、アニバル様?帝王学というのですか、そういうの?大変なんですね」
いやだわ。アニバルとカルラ、いっしょにいることが出来るからってすっかりいちゃついて。
ごちそうさまって感じね。
「というわけで、さっそく出発しましょう。ほら、ビッグモフモフ。それは、あんまり可愛くないって言ったでしょう?さっさとミニモフモフに変身して。魔獣なんだから、ミニモフモフで読者をギャップ萌えさせてちょうだい」
「まったくもうっ!魔獣を、ではなかった、神獣をなんだと思っておる。キュッキュキュ―」
彼はブツブツ言いながら、あっという間にミニモフモフに変身して右肩上にポンとのった。
「さあ、行くわよ。目指せ王都。小説あるあるからちょっとズレてしまっているけれど、いまから小説あるあるの展開になるかもしれないわ。ほんと、楽しみよね」
「い、いや、クミ。ぼくの告白を、想いの丈を理解してくれているのかい……」
真ん前にあるアレックスの美貌に、自分の顔を近づけてみた。
それこそ、鼻の頭と鼻の頭がチョンと触れるくらいまで。
「してもいい?」
アレックスに、周囲にきこえないほどの小声で尋ねてみた。
「え?ええっ?も、もちろん」
彼、喋りすぎたのね。声がかすれている。
「じゃあ、目を閉じて」
小説あるあるの逆をいってみることにした。
男性が女性に目を閉じさせたり、女性が気をきかせて目をとじるのではなく、である。
アレックスが素直に目を閉じた。
その瞬間を狙って、そっと触れた。
彼の唇に。やさしく触れた。
「いたっ」
彼の体がピクッとした。
「乾燥しているのね。唇の皮がピロッて剥けているの。それがいま、すっごく気になって。あっ、血が。ごめんなさい。こんなに大きな皮ですもの。血が出て当然ね。痛いの痛いの飛んでけー」
唇に滲む血を、ペロッとなめた。
自分のささくれとかちょっとした傷に、ついしてしまうように。
まっ、だいたいの傷はペロッでどうにかなるのよね。
その瞬間、両肩からアレックスの手が離れた。
その彼の手が、彼自身の唇をなぞっている。
彼は、さらに真っ赤になっている自分の唇をこわごわなぞっている。
「心配しないで。そんなに血は出ていないから。なめればどうにかなる程度よ。ほら、行くわよ」
「ク、クミ、ちょっと待って」
エントランスの外に向かって歩きはじめると、アレックスが追いかけてきた。
「キュキュキュ―」
右肩上でミニモフモフが飛び跳ねている。
「お嬢様、素敵でした」
「ああ、カルラ。クミもやるじゃないか」
カルラとアニバルも追いかけてくる。
「待ってくれ。おれも戻るよ」
そして、あたらしくわたしたちのメンバーに加わったドロテオも追いかけてくる。
さあ、あたらしいシリーズの開幕よ。
エントランスを出た瞬間、陽光に包まれた。
思わず、手をかざす。
離縁からの大冒険。いまからは、わたし自身があらたな小説のシーンをリアルに描くのよ。
それから、颯爽と歩きはじめた。
「おーい。おれも連れて行ってくれー。だれか、おれもいっしょに頼むよー」
うしろの方で元夫のか細い声がきこえたような気がしたけど、きっと気のせいよね。
(了)
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