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「そんなに身構えなくて大丈夫だよ。そんな目で見られたらさすがにもう事前リハーサルとしては十分かなと思うし」
どうやら私は涙目になっていたようだ。
宥めるように頭をポンポンとなでられる。
「じゃあその調子で本番もよろしくね。レセプションパーティーは来週の土曜日だから」
「‥‥分かった」
思わぬ出来事に魂を抜かれたようになってしまった私は、返事だけするとそのまま立ち上がり、逃げるようにリビングから自分の部屋へ戻った。
ドキドキドキドキ‥‥
まだ心臓が大きく脈打っていて全然鳴り止まない。
無意識に手で自分の唇に触れる。
怖かったとか、嫌だったとかいうわけではない。
ただ、突然のことにひたすら驚いたし、それにあのキスに翻弄されつつも少し気持ちいいと感じてしまっていた自分にも驚いた。
キスの前のあのハグもそうだ。
ソワソワして居心地が悪かった一方で、人の体温に包まれて安心するような気持ちにもなってしまっていたのだ。
(あの人はあくまで婚約者のふりの練習としてやってるだけなんだから意識しちゃダメ‥‥!それに自分に興味を持たない相手だからこそ、私がこの役に選ばれているわけだし。絶対に惹かれちゃダメなんだから!)
実際は、この1ヶ月一緒に暮らしていて、智くんに惹かれつつあったのだ。
女優だった頃の私を知らないから過ごしやすいし、外見と違うと言われる私の負けず嫌いなところも認めてくれるし、チェコ語の勉強にも付き合ってくれる。
彼自身も、笑顔のうらに腹黒な部分を隠してはいるけど、努力家で仕事熱心な人だった。
そうじゃなきゃ、いくら海外暮らしが長いからって8ヵ国もできるはずがないだろう。
そういう部分は素直に尊敬できると思う。
はぁと私は深いため息を吐く。
(きっとこの数年、仕事以外で男性と関わる機会がほとんどなくてきっと動揺しているだけだよね。だから惹かれる部分があるなんて思っちゃってるんだよね‥‥!)
誤魔化すように自分の気持ちに蓋をする。
だって私はあくまで婚約者役なのだからーー。
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