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そんな疑いのこもった質問にも、智くんは全く嫌な顔をすることなくサラリと答える。
『もちろんです。むしろ即決しないと、こんなに魅力的な女性はすぐ他の男に取られてしまいますしね。僕は愛する環菜を婚約者にできてラッキーですよ』
歯の浮くような甘いセリフを口にしながら、私の腰を引き寄せて、愛しい人を見る眼差しで私を見つめてきた。
もちろん私も「嬉しい!幸せ!」というハッピーなオーラを放ち、同じく最愛の人を見る瞳で見つめ返す。
『ものすごい熱愛ぶりじゃないか。こんな智行は初めて見るよ。カタリーナ、環菜を心配していたようだけど、見ただろう?これはどう見ても相思相愛じゃないか』
アンドレイが感心するように私と智くんを交互に見て、カタリーナに同意を求める。
『確かにそうね。環菜が幸せそうで良かったわ。プラハに来た当初は本当に苦しそうだったから。智行さんと再会できて良かったわね!』
『‥‥ありがとう!』
カタリーナを騙しているようで少し胸が痛んだ。
でも今はまだ舞台の上なのだ。
いつかこの婚約者役が終わりを迎え、しばらく経ったらカタリーナには本当のことを打ち明けようと心に刻んだ。
まだ他に挨拶に行くというカタリーナとアンドレイと別れ、私たちはそろそろ帰ろうかという話になった。
まもなく舞台の終幕である。
「帰る前にノヴァコバ議員にちょっと声をかけてくるよ。ご夫人の姿はないから環菜は大丈夫。すぐ戻るからここで待ってて」
「うん、分かった。ここで待ってるね」
智くんは足早にノヴァコバ議員の方へ向かい、私は近くにあったベンチに腰を下ろした。
しばらくガーデン内の人の様子をぼんやり見ていると、「Excuse me」と横から声をかけられた。
洗練された渋い雰囲気のある50歳前後の欧米人の男性だった。
いわゆるイケオジというやつである。
『私ですか?』
『そう、君だよ。君は日本人かな?』
『そうですけど』
この場に集まっているのは要人ばかりだから変な人ではないと思うが、突然1人の時に知らない人に声をかけられてやや警戒してしまう。
『唐突な質問なんだけど、君はもしかして演劇をしてる人?』
意外なことを言われて驚いた。
なぜそんなことを思ったのだろうと疑問に思っていると、その男性は品良く笑いながら説明してくれる。
『さっき君が他の人と話している様子を遠目で見ていたんだけどね、見せ方や仕草を計算しているように思えたんだ。まるでカメラワークを気にするように。だから演劇、特にカメラで撮られるような例えば映画とか、そういう経験があるのかなと思ってね』
その推測はズバリその通りで、彼の観察眼の鋭さに度肝を抜かれた。
きっとこの人は只者ではないと直感的に思う。
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