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「楓君も弓、続けてたの?」
楓君と付き合うきっかけは同じ弓道部で、かつ同期だったから。相変わらず、微笑むとくしゃっとなる、その顔が好きだったなと思い出す。
「もしかして、いっかちゃんも射会出るの?だから練習してたりする?」
「楓君も?」
「久しぶりに弓、引いてみたくなってさ。もしかして、そろそろ帰るとこ?」
私がかけを外していたから、そう思ったんだろう。
学生の頃は50本、60本と引けたけど、今は30本引けば、十分過ぎると体がクレームを言い始めている。
「昔みたいにたくさんは引けなくなっちゃった。このくらいで止めないと、筋肉痛が・・・」
「それ分かる。それじゃ、一緒に駅まで帰らない?」
普通にそんなこと言えちゃうんだ?ちょっと想定外だったな。
楓君はいつも穏やかで優しかった。それは今も変わらないらしい。
部活の後はいつも一緒に長い弓を肩にかけながら歩いたっけ。
結局、断る理由もなかったから、練習後は、最寄り駅まで一緒に帰ることになってしまった。道具を片付けて、道場に挨拶をして、昔みたいに並んで歩く。なんか懐かしい。
「OB会の連絡がきて、飲み会はいけないんだけど、射会だけ出してもらうことにしてね。久しぶりに練習に来てみたら、いっかちゃんがいた。いっかちゃんの射だって、遠くからでもすぐに分かったよ。相変わらずキレイ」
その「いっかちゃん」呼びが今の私には、ちょっとだけ照れくさい。それに「相変わらずキレイ」って、それってさ・・・ちょっとだけ気持ちがウズウズってした。
最寄り駅はもうすぐだ。もしかして、この流れって、これから飲みに誘われてたりする?
「いっかちゃん、今日は会えてよかった。射会は僕も負けないよ」
そう言って、あっさり手を振られて、反対ホームに楓君は去っていく。なんだか、ちょっとだけ肩透かしな気分だ。でも射会で会えるし。もしかして、まだ楓君は私のこと?結衣花との会話を反芻してしまっていた。
それに「相変わらずキレイ」・・・・その言葉に私の最近のささくれた気持ちは少しだけ救われたような気がしていた。
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