0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「お母さん、自伝を書いて出版しようと思うの」
母が唐突に言い出した。
私と弟が幼い頃父が亡くなり、女手一つで私たちを大学まで出してくれた母だ。
まあ子供が二人とも就職して家を出たことだし、好きなことをすればいいとは思うが。
「出版って、自費出版?」
「ふふっ、聞いてよ。まずは自費で出版して、本屋さんに置いてもらって、売れたらお金が入るって契約を進めてるの。お母さん、人気エッセイストになっちゃうかも!」
「えっと、何部くらいをいくらでやるの……?」
年一でしか帰郷しない私だが、母が詐欺っぽいことにハマりそうになっている現状にうんざりした。いや、まだ詐欺とは決まってはいないのだが。
「二百部で百五十万。素敵な表紙とカラーページとかを付けてね、ふふっ楽しみ」
いやいやいやいや、普通に考えて、一冊いくらで売るつもりよ?????
どんな名著でも、そんな高いエッセイ本は売れない。絶対売れない。まじ売れない。
母はやはり詐欺に引っ掛かっているようだ。
「お母さん、そんなにお金を使う前に、まずはweb小説投稿サイトにでも書いてみてから考えれば? 人気が出たらクラウドファウンディングをして本を作ってもいいし、自費で同人誌を出すのでもいいと思うよ」
今は、エッセイだろうが小説だろうが投稿できるサイトがたくさんある。
サイトではめちゃくちゃ読まれている小説でも、書籍にするとなかなか売れないこともある。そんな世知辛い世の中で、無名のおばさんの自伝本なんて誰が買うと思うのだろうか。
「へえ。七菜香、いいサイト知ってるの?」
「うん。私、趣味で結構web小説読むし」
「じゃあ教えて! お母さん頑張っちゃおうかな」
「でもさ、そんな読まれると思わない方がいいからね」
「はいはい」
私は、女性向けジャンルの多いweb投稿サイトを三つほど紹介しておいた。
エブリムーン、ストロベリーズティー、マジックの孤島、である。
特徴としては、エブリムーンはSNSに近いところがあって、毎日ムーンと呼ばれるポイントを投げ合えるシステムだ。ムーンの投げ合いをしなければ上に上がれないので、小説の面白さよりもコミュ力が高い人の方が評価されやすい、なんて憎々しげに紹介されていたのを見たことがある。私のスマホとは相性が悪く、長時間使うと熱々になってしまう欠点があるが母のスマホは最新だから大丈夫だろう。大人の女性向けの現実世界での恋愛小説が、常にランキング上位にいるイメージがある。エッセイジャンルは結構尖った作品があって楽しませてもらっているので、母のも浮かないだろう。
ストロベリーズティーは、大人の女性向けの極上のイケメン金持ちで傲慢な御曹司とかが流行っている特殊な場所だ。一夜の過ちからのシークレットベビーとか、読む前は誰得?と思ったのに、読んだら感動して泣いたこともある。変な人が暴れている様子もないし、母のエッセイも受け入れて貰えると思う。
マジックの孤島は、女性向けジャンルが集まりまくる場所だ。中高生向けから大人向けまで揃っている。個人的には、スマホ画面の上と下に大きくバナーが出て圧迫感があり苦手なのだが、作品は多いし使いやすくて嫌いにはなれないサイトだ。どんなエッセイを投稿しても受け入れてくれる懐の大きさを見せてくれそうな気がする。
ちなみに私は読み専なので、投稿の仕方を知らない。
三つもあれば、どれかしらは使いこなしてくれると信じている。
まあ、母は馬鹿ではないから大丈夫だろう。
いや、自費出版詐欺に引っ掛からなそうだつたから、結構馬鹿なのだろうか。
母は、「やってみるね! 楽しみだなぁ」とウキウキしているので教えた甲斐があったようだ。
「ねえ、ちなみに同人誌にするとしたら、どんな出版社がいいとかは知ってる?」
紙の本に憧れがあるのだろうか。
私は読み専なので、もちろん同人誌なんて作ったことはない。
いろいろなところがあるらしいが……、あああそこがいい。
私が青い鳥SNSでフォローしているweb作家さんが、二次創作のイラスト漫画小説の投稿が盛んなプケスベというサイトで、簡単に一冊から本を作れるサービスがあると呟いていた。
その人は、書き溜めた短編を一冊にまとめてすごく楽しそうにしていた。
通販で買わせてもらいました。よかったです。本当にありがとうございました。
高価な同人誌より自由度は低いけれど、設定も値段もシステムも超お手軽だと紹介されていて、紙の質もよくて読みやすかった。
このサービスを利用して、母の自伝を出したい欲を満たせればいいと心から思う。
「うん。webで小説を書き込めば、簡単に一冊から申し込めるサイトがあるんだよ。何百万も使う前に、このサイトで一冊作ってみればいいよ。千円くらいでできると思う」
「え! そんなにお安く済むの? でも、紙も良くないんでしょ?」
「そんなことはございません! 高級感溢れる触り心地の良い紙! 最近は背表紙も作れるようになったので、ぜひシリーズものを作てはいかがですか?」
サイトで読んだ紹介をしてしまった。
「うん! お母さん作ってみるね。作ったらあんたにもあげるから楽しみにしてて」
「あ、うん……」
母の自伝なんて楽しめるだろうか。私や弟の悪口があったら嫌だな。そもそも母は文章を書けるのだろうか。怪文書を読まされるほど苦痛なことはない。こ、怖い……。
三ヶ月後、母が自伝を送ってくれた。
プクスベでの製本は綺麗で、教えた私はホッとした。
どれどれ……。
タイトルは、『私があなたと離れた理由』。
ん? エッセイ……?
…………えっ? 私と弟の父親、生きてるの? こんなクソ野郎だから離婚したけど、子供たちには言いにくくて、じゃないよ言ってよ!
え? お母さん、弟の所属していたサッカークラブの監督とできてたの? え? 弟の同級生Y君のパパとも??? このY君って弟の親友だよね? えええ……。
母のエッセイはすごかった。
いろんなメンズと付き合っては離れて……。
私の中学の時の担任の先生とか本当やめてよ……。
まあ、私の同級生男子よりはマシかな……。
娘のクラスメイトのイケメンR君って多分龍ヶ崎君だと思うけど、本当にあのモテモテ男子が母の身体に溺れたのだろうか……。真相は知りたくない。
最後には、今付き合っている人と結婚を考えていると書かれていた。
おいおい、そんな人がいるなら直接言ってよ!!!
えっと、弟の高校の時の同級生???
お、お母さん……。
まあ、弟も成人したし、その人も大人だからいいのかな。
今までいろんな男と別れまくったのは今の彼氏に出会うためだとか、今の彼氏とだったら離れることがあってもまたいつでも巡り合える運命だものなんて、お花畑全開なラストの自伝だった。
母のエッセイ……。
正直、母のことだと思わず小説だと思って読むなら名作だと思う。
「母さん、実体験を元にして小説書きなよ。絶対面白いって」
私がそう勧めてから一年後には、母の著作が三冊も出版されるまでになった。
荒稼ぎして、自分の息子と同い年の男と結婚した母は、恋愛でも仕事でも私よりも常に上を行っている。
ああ、私も彼氏の一人くらい欲しい……。
最初のコメントを投稿しよう!