3 初めての仲たがい

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「――まあ、気兼ねなく休暇の話ができるのは助かるよね」  宿舎の部屋に戻ると、アイリーネは奥行きのある窓枠にひょいと腰を乗せた。 「私、今回のルーディカへのお土産は、ちょっと大きめの乳鉢にするつもりなんだ」  床から浮いた足を揺らして楽しげに語るアイリーネの隣に、キールトも腰掛ける。  成長期を経て、アイリーネも女性としては長身の部類になったが、キールトの背丈はさらに伸びて、高めの窓枠に座っても足先は床についている。 「思い出したんだよね。ルーディカが『ありがたいことに頼りにしてくださる方が増えて、時間があるときはずっと薬草をすり潰してるんですよ』って言ってたのを」  アイリーネたちが騎士に叙任された年に、ルーディカも地方薬師の審査に合格した。今は、近所の人たちの求めに応じて薬を作りながら高等薬師を目指している。 「あの……」  少し言いにくそうに、キールトは切り出した。 「僕はこの夏、フォルザに行かないでおこうかと思ってるんだ」 「そうなの? 実家の方で何か用事でもあるの?」 「いや、その……」  キールトは少し俯く。 「前回の休暇のとき、フォルザを発つ前日にルーディカと意見が食い違って……」  アイリーネは記憶を辿った。そういえば向こうを離れる際、ふたりは言葉を交わしていなかったような気がする。見送りの場にはルーディカの祖父母であるケニース夫妻もいたので、わざとそうふるまったのだとアイリーネは思っていた。 「喧嘩したの?」 「……てことになるのかな」 「珍しい」  引き合わせてから十年近くになるが、会うたびにふたりはとても幸せそうで、小さな言い争いをしているところすらアイリーネは見たことがなかった。 「エルトウィンに戻ってきてから一度手紙を送ったけど……ルーディカから返事は来なかった」 「えっ……」  アイリーネの方は、ごく普通にルーディカと便りを交わしている。  あの温和なルーディカがそこまで頑なになっているのかと、アイリーネは驚いた。 「こんな状態になったのは初めてで、正直、会うのが怖いんだ」 「――でも、会わないと、謝ったり話し合ったりすることもできないんじゃない?」  些細な喧嘩が原因で恋人と別れたなどという話も同僚たちからは聞いたりするが、アイリーネには、幼いころから秘密の恋を一途に守り続けてきたふたりの仲がそう簡単に壊れるとは思えなかった。 「直接顔を合わせたら、仲直りできるような気がするよ」  励ますようにそう言ったアイリーネの方に、キールトは顔を向ける。 「……なあアイリ、女の人って……」  そこでキールトは沈黙すると、「――やっぱりいいや」と呟いた。    ◇  ◇  ◇  詮索するようなことはしなかったルーディカとキールトの仲違(なかたが)いの理由を、アイリーネはフォルザに着いてから知ることとなる。 「あの……」  別荘の敷地内に作られた薬草園で、せっせと雑草取りを手伝っていたアイリーネに、ルーディカは思い切ったように訊ねた。 「ア、アイリ様は、結婚前の男女が肌を重ねることについて、どう思われますか?」
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