7人が本棚に入れています
本棚に追加
最初から結婚を誓い合っていたふたりだが、身分の違いを越えて公に結ばれるにはまだいくつかの課題があり、それが叶うのはいつになるのか分からない。
ルーディカがどこかの貴族か名士の養女になるか、自らが薬師として大成して名士並みの地位を築かなくては貴族との結婚の許可が下りることはないだろうし、キールトも周りから口出しをさせないために、もっと昇進して士官としての立場を確固たるものにしておく必要がある。
「私も薬師として医療に携わる一員です。未婚でも肌を合わせる恋人たちが、少なからずいるのは知っていますが……」
窓辺に置かれた椅子にアイリーネと向かい合って腰掛けたルーディカは、青い瞳に憂いを浮かべて言った。
「確実に妊娠を避ける方法などないことも、よく知っています」
アイリーネも神妙な面持ちで頷く。――しかし、心の中ではおろおろとしていた。
ルーディカが深刻なのはよく伝わってくるが、ごく身近な幼なじみたちのそんな話をいきなり聞かされたため、頭がついていかない。
あの夏、くちづけを交わすふたりを見てしまったときも驚きはしたが、おとぎ話の挿絵のような光景だったので全く生々しさはなかった。
今回はさすがにおとぎ話とはいかない。現実的な悩みに直面した男女の話だ。
アイリーネからすると濃い霧の向こうにあるものが、彼らの目の前には差し迫った問題として横たわっている。
自分だけが子供のような感覚でいたことを改めて思い知ったアイリーネの動揺に気づくことなく、ルーディカは話を続けた。
「ご存じのように、私の母は未婚のままで私を産み、すぐに身まかりました」
ルーディカによく似た美しい女性だったと、アイリーネは聞いたことがある。
「母との思い出はなく、父の素性も分かりませんが、私、ずっと勝手に信じているんです。何らかの事情があったにせよ、父と母は心から愛し合って私に生を授けてくれたんだと」
ルーディカは目許を優しく和らげた。
「そんなふうに思えるのはきっと、私が祖父母から愛情をたくさん注がれ、伯爵家からも過分なご支援を賜り、アイリ様やキールト様と親しくさせていただいて、ありがたいことに物足りなさを感じることなくここまで来られたからなんだと思います」
それでも、とルーディカは言葉をつなぐ。
「叶うことなら『あなたが信じているとおり、お父さんとお母さんは深く愛し合っていたんだよ』と誰かからはっきりと言ってもらいたいという気持ちもあるんです」
祖父母は、ルーディカ誕生の経緯について詳しく語ってはくれない。
「私が相手を明かせないままひとりで出産したとしても、元気でいられるなら子供にそのように話してあげることができますが、もし私も母のように産後すぐに儚くなってしまったら……と思うと、キールト様との仲を公表できないうちは、軽はずみなことはしたくありません」
「あ……あの、そういう心配をしてるってことはキールトにも伝えたの?」
最初のコメントを投稿しよう!