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5 野薔薇館の一番人気
ゆるやかに波打つ甘い色合いの金髪、深い襟ぐりからこぼれそうな白い胸、そして、潤んだように輝く淡褐色の瞳。
どこの誰なのかは思い出せないが、アイリーネはその魅力的な容姿の女性に見覚えがあるような気がした。
キールトも同様のようで、記憶を辿ろうとしているのか、少し眉根を寄せて彼女を見ている。
そんなふたりの様子を目にして、女性は可笑しそうに頬を緩めた。
「そちらはあたしのことなんて憶えてるわけないですよね。でも、エルトウィンからこんなに離れたところで偶然会えるなんて嬉しくて、つい……あっ」
少し慌てたように、女性は口許を手で押さえる。
「ごめんなさい。昼間の往来で、こちらから声をかけるのはご法度だったんですけど……」
女性は、ごく普通の町娘らしい自分の服装を見下ろした。
「一応、今はただのお姉ちゃんなので、許してください」
彼女が柔らかく肩をすくめた途端、ただの町娘らしからぬ艶めかしさが匂い立ち、アイリーネとキールトは同時に「あ」という声を上げる。
「ふふ、騎士様がた、いつも巡回ありがとうございました」
ふたりが気づいたのを察した女性は、嬉しそうに告げた。
「ついこの前まで、野薔薇館で〝レフティネ〟と呼ばれていた者です」
「レフティネさん……」
オルボーが〝野薔薇館で一番人気〟として名前を挙げていたことを、アイリーネは思い出す。
「騎士様がたは夏期休暇中ですよね?」
〝レフティネ〟は、にこにこっと人懐っこく笑った。
「フォルザにはご旅行で? それとも、このあたりのご出身なんですか?」
愛嬌のある可愛らしい子が多いという野薔薇館の看板娘だっただけあって、彼女の笑顔と楽しげな声の調子は、どこか和んだ空気を作り出す。
「あ、うちの別荘がこの近くにあるので……」
「まあ、温泉地に別荘なんて最高ですね。浴室では温泉水を使ってるんですか?」
「ええ」
「わあっ、いいなあ」
「レフ……あ、そちらは」
「レフティネでいいですよ」
「レフティネさんは、どうしてこの町に……」
「あたしは、隣の教区にあるベアッグっていう村の出なんですけど、先週エルトウィンから戻って来て、母と下の弟妹たちと暮らし始めたんです」
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