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目の前の植え込みがガサガサと揺れたかと思うと、そこから小さな女の子が這い出してきた。
「……あ……アイリーネさま……」
海のような青い瞳が、アイリーネを見上げる。
「ル……」
この金髪の女の子が自分と同い年で、別荘番を務める夫婦の孫娘だということはアイリーネも知っているが、これまで近しく接するような機会はなかった。
「ルーディカ……?」
記憶をたどって名前を呼んでみると、女の子はぴょんと立ち上がり、花が咲いたようにぱっと微笑んだ。
「はい、アイリーネさま」
その愛らしい笑顔に、アイリーネは思わず目を奪われる。
服装は素朴だし、腹ばいになったせいか前掛けも汚れてはいるが、みずみずしい若葉の中に佇んでいる姿は、まるで絵本に描かれた美しい妖精の子供のようだった。
「どうして、こんなところから――」
アイリーネは、ルーディカのさらさらとした髪の毛先のあたりに視線を留める。
そこには、蝶々のような形に結ばれた水色の飾紐が、今にも毛束から抜け落ちそうになってぶら下がっていた。
「あ……」
ルーディカもそれに気づいて、急いで蝶結びを自分の髪から外す。
「ぜんぶ、おかえししたはずだったのに……」
呟きを耳にしたアイリーネはハッとした。
「もしかして、おねえさまたちにやられたの?」
ルーディカは大きく目を見開き、声を裏返らせる。
「えっ、あ、や、やられただなんて……」
おそらく、着せ替え人形にしてやろうと思っていたアイリーネが見当たらなくなった姉たちは、飾りがいのありそうなルーディカに目をつけたのだ。
「ルーディカがたのしかったのなら、いいんだけど……」
嘘をつきたくないのか、答えられずにおろおろとするルーディカを見て、アイリーネは胸の内を察した。
「おねえさまたちが、ごめんね」
「いっ、いいえ、そんな……」
恐縮しきりといった様子で、ルーディカは首を横に振る。
「し、しんせつにしていただきました。みたこともないようなおしゃれなドレスをきせてくださったり、かみにもいろんなかざりをつけてくださったり……」
「――でも、たのしくなかったんでしょう?」
ぐっと言葉に詰まったルーディカに、アイリーネは心からの同情を寄せた。
「だから、しげみにかくれて、ここまでにげてきたんだよね?」
伏せられた長い睫毛が、ルーディカの滑らかな頬に影を作る。
「……すみません。きょうは、たいせつなようじがあったので……」
「そうなの!?」
アイリーネは慌てた。
「ごめん、わたしもあしどめさせてるよね? まだまにあう?」
ルーディカは驚いたようにアイリーネを見つめると、ふわりと優しい笑みを浮かべた。
「だいじょうぶです」
◇ ◇ ◇
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