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ドミナン伯爵家がフォルザに所有している別荘は、家族や客人が滞在するための母屋と、管理人一家が居住する離れに分かれている。
白い壁に焦げ茶色の筋交いが模様を描く小ぢんまりとした離れは、母屋の隣にひっそりと建っていた。
小ぶりの桃が入った籠を片手に持ったアイリーネは、その離れの扉を遠慮がちに叩く。
母屋で夕食の準備をしているケニース夫妻からは、返事がなかったらそのまま入ってもらって構わないと言われていた。
何の反応もないので、アイリーネは鍵のかかっていない扉を開けて、中へと立ち入る。玄関室はなく、素朴な四人掛けの机と椅子が置かれた食堂兼居間がすぐに目に映った。
「――ルーディカ」
階上にも聞こえるように大きめの声で呼び掛けてみるが、しんとしたままだ。
アイリーネは、野花を挿した小さな花瓶が飾られている窓辺の脇を通り、きしきしと音を立てて狭い階段を上っていく。
天井の低い廊下の右側にある扉をアイリーネは叩いた。
「ルーディカ、開けるよ?」
内側の取っ手に括りつけてある柑橘の香り玉が揺れて、爽やかな匂いが立つ。
「……アイリ様……」
窓の近くに置かれた寝台の上に、ルーディカは膝を抱えて座っていた。急いで涙を拭ったのか、赤くなった目で不安そうにアイリーネの後ろの方を見る。
「ああ、私しかいないから」
アイリーネは安心させるようにそう言った。
伯爵家の客人として滞在しているキールトは、この離れに足を踏み入れたことは一度もない。
部屋の中に入ったアイリーネは、持参したリンゴの籠を机の上に置き、小さな木製の丸椅子に腰を下ろした。
「急に走り出してどこかへ行っちゃうから、びっくりしたよ」
ルーディカはきゅっと唇を噛む。
「しばらくキールトと町の中を捜してたんだけど、もしかしたら先に帰ったんじゃないかって思って」
別荘に戻りケニース夫妻に訊ねたところ、孫娘は少し体調がすぐれないので離れで休んでいると知らされた。
「……申し訳ありませんでした」
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