2 恋はまるで星のようで

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「なあアイリ、女の子って……」  見習いになって六年目の夏期休暇が近づいていたある日、キールトは一緒に厩舎を掃除していたアイリーネにそう切り出した。 「何をもらったら嬉しいかな」  少し照れくさそうなキールトを見て、アイリーネはぴんとくる。 「ルーディカへのお土産?」  休暇が始まったら、キールトと一緒にフォルザの別荘へと向かう予定だ。両親や姉妹たちは伯爵領から近い保養地で静養するとのことなので、この夏は幼なじみたちだけでのびのびと過ごせるだろう。 「うん……。僕は兄しかいなくて、女の子が欲しいものがよく分からないから」 「女の子が欲しいもの……」  ややこしい計算でも始めたかのような顔になったアイリーネを見て、キールトはハッとする。 「あ……」  ついさっきまで「フォルザに行く途中で、武器屋にも寄ろうね!」などと盛り上がっていたアイリーネに訊くことではなかったようだ。  アイリーネも、自分が欲しいものが一般的な女子と同じではないことくらいは分かっている。だが、頼りにされたからには何とかして役に立ちたかった。 「えっと……お姉さまたちが好きなのは、きらきらしてて、ふわふわしてて、かわいくてきれいな感じの……ああ、でも、微妙なところが難しくて、流行遅れだとダメで、かといってたくさんの人が持っているのも嫌で……うーん……」  限界が来たのか、アイリーネは苦しそうな唸り声を漏らす。 「ごめん、アイリには難問だったよな」 「う……こっちこそごめん、役に立てなくて」  そのとき、外から強力な援軍となるであろう人物の声が聴こえてきた。 「ほらグロート、慌てないの」  見習いたちで世話をしている狼犬の散歩当番のオディーナが、ちょうど厩舎の前を通りかかったのだ。 「オディ!」  アイリーネとキールトは勢いよく小屋から飛び出し、目を丸くしたオディーナを中へと招き入れた。 「――女の子が欲しいものお?」  藁の上に腰を下ろしてグロートの首のあたりを撫でながら、オディーナはきっぱりと言った。 「女子一般が欲しいものより、〝彼女が欲しいもの〟を考えるべきよ」  その前年、二人は偽装婚約の件をオディーナに打ち明けていた。  長い間、「オディはお喋りだから、いまひとつ信用できない」と慎重なキールトと、「オディは、口数は多いけど口は堅いんだよ」と主張するアイリーネとの間で平行線だったのだが、ある夜、三人で力を合わせて家畜泥棒を捕まえた際に、キールトのオディーナに対する信頼度はぐんと上がり、手紙でルーディカから了承を得た上で告白するに至ったのだ。  事情を聞かされたオディーナはとても驚いたが、アイリーネとキールトの間には友情しかないように見えていたことにも合点がいったようで、「出会った瞬間に恋に落ちて、それからずっと想い合ってるなんて素敵……!」と感激し、秘密の恋の成就をともに願ってくれるようになった。 「彼女は、読書とお勉強と植物を育てるのが好きで、施薬院でお手伝いをしてるんでしょう? だったら、少し値は張るかも知れないけど、最新の植物図鑑がいいと思うわ」  オディーナは、実にあっさりと最適解を導き出した。 「この町には貸本屋しかないけど、フォルザへの通り道のミネラって街には大きな書店があるから、そこで手に入れて彼女の好きな色の飾紐をつけて贈ったらどうかしら。あ、飾紐をお花みたいな形に結ぶやり方わかる? 後で特訓してあげる」  てきぱきと指示を出す同僚をアイリーネとキールトは頼もしげに見つめ、彼女に秘密を明かして良かったと改めて思ったのだった。    ◇  ◇  ◇
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