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1 菜園の誓い
――つまんない。
六歳になったばかりのドミナン伯爵令嬢アイリーネ・グラーニは、心の中で何度もそう繰り返していた。
温泉の町フォルザの五月は爽やかで、ドミナン伯爵家の別荘の庭も、明るい色合いの新緑に満ちている。
それなのに、この黒髪の三女は冴えない表情を浮かべ、ひとりで自棄になったかのように子供用の剣をふるっていた。
今回の逗留に両親は同伴していない。母の体調がすぐれないということで、伯爵領に残ったのだ。
ここに滞在すると、父は付きっきりで武術を指南してくれるし、母も手ずからおいしいお菓子を作ってくれる。アイリーネはいつもそれが楽しみだった。
先ほど、随行してきた家庭教師の授業が終わるや否や、姉ふたりは衣装箱をひっくり返して〝貴婦人に変身ごっこ〟に興じ始めた。
たくさんの衣装を取っ替え引っ替えして着飾るのを楽しむ遊びなのだが、アイリーネはそれを見て素早く外へと抜け出した。
あのまま一緒にいたら、アイリーネはたちまち姉たちの餌食にされ、好き放題にゴテゴテと飾り立てられてしまっていただろう。
足がもつれるようなたっぷりとしたスカートにも、重くて邪魔な髪飾りにも、アイリーネは全く興味がない。
アイリーネは脚衣を穿いた自分の姿を見下ろし、男の子に生まれてきた方が良かったのかも知れないと思う。
母は、「わがままを言ったり、癇癪を起こしたりするようなこともないから、アイリはきっと素晴らしく落ち着いた貴婦人になるわね」などと褒めてくれるが、それは父から教えられた「立派な騎士は私心にとらわれないものだ」という言葉を胸に刻み、幼いながら自らを律するように心がけているからだ。
姉たちは「女の子が騎士になるなんて無理よ!」と笑うが、少数とはいえ女性の騎士は現実にいるし、父だって過去には幾度となく「騎士になるか?」と言ってくれた。
父親のことを思い出したとたん、アイリーネの胸はきゅっと痛む。
『男のまねごとの時間はもう終わりだ』
この別荘に来る少し前、父はアイリーネに向かって冷ややかにそう告げたのだった。
「……あのときは、ちょっとごきげんがわるかっただけ」
アイリーネは自分に言い聞かせる。
「そう、おかあさまのぐあいがよくないんだから、むりもない……」
重い病気などではないので心配しなくていいと聞いてはいるが、青い顔をしていた母の体調も心配だった。
当たり前だと思っていたことが、大きく変わっていくような気がする。
得体の知れない不安が湧き上がってきたのを断ち切るように、アイリーネが大きく剣を振ったそのときだった。
「ん……?」
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