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***
檸檬を絞る。
ドレッシングに薫の苦手な檸檬の絞り汁を入れると薫はケホケホと咳き込んだ。
『悪戯者め』
『ふふ。ねー。もしもよ子供が出来たら最初は男の子がいい? 女の子がいい?』
『そうだな美玲に似た女の子かな。でも檸檬を入れる悪戯好きの子供には育てるつもりはないよ』
薫は柔らかく笑った。私はふふふっと嬉しくて笑う。
『知ってる。檸檬の大きさは心臓の大きさなんだよ』
『なんだそれ』
『こんな小さな私の心臓の中に薫への思いが詰まってるってことよ』
私は檸檬を手に取ると、そっと唇に触れるだけのキスをした。
薫の目がどこか獣地味た表情になり、ゴクリと生唾を呑んだのがわかった。
私の腕を掴み引き寄せられる。腕が熱い。
耐えきれなくなった様に薫の顔が近づいてくる。
ああ。このまま、ずっと側に……。
──ジリリリリ。
はっと幸せな夢から私は目を冷ました。
小鳥の囀り、カーテンからは朝の日差しが漏れていた。私は起き上がる。カーテンを開けると新聞配達の男の人が寒そうに体を擦りながらバイクに跨りエンジンを吹かして去って行った。
私はぎゅっと体を抱いた。
「薫」
頬に伝う涙は気のせいだと私は言い聞かせた。
***
気がつけば、もう12月になっていた。
「うわ。今日のクライアントの相手って」
優香は顔を顰めた。
そう。薫を取った女。白取百合だ。
最悪。
彼女は堂々と私達の前で会釈をし、何事も無かったように仕事を始めた。
仕事とプライベートは別。
いい大人同士なんだ、お互い我慢だ。
それても、にこりと笑う百合を見て劣等感が支配する。
幸せいっぱいって顔ね。
はっきり言ってクライアントの内容は覚えてなかった。優香と一緒で良かった。
百合は終始にこやかに笑い、私は下を向いては、ときどき顔をあげ相打ちを打った。滞り無く仕事のプランが決まる。
「では、このようにお願いします」
書類をトントンと机に叩き揃える。すると百合は表情を変えた。
荷物を整え、私の横を通り過ぎる。
「泥棒猫」
百合は、とうとう我慢が出来なくなり、ひと言言ってきた。
はぁ。なによそれ!
泥棒って私のが取られて、なんでそんな事言われないといけないの。
「ちょっと待ちなさいよ」
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