熱漢監督

3/4
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 彼は自らを(しょう)(めい)と名乗った。昭和元号制定の由来となった『(ひゃく)(せい)(しょう)(めい)(きょう)()(ばん)(ぽう)』から名付けたものだという言葉が、とある雑誌に載せられている。  ド素人であっても、ド玄人であっても、演技の才能が花開くかどうかは、本人の運や努力、環境によるところが大きい。世に『名優』と()ばれた役者は数あれども、それらが全て本物の才能を持っていたかどうかは分からない。  昭明は『名優』を見抜く目など持っていなかった。その代わり、『名優』を生み出す不可思議な力を持っていた。これは彼が多くの経験をしたからこそ身に着けた特技であり、それを自ら欲して手にできた者だけに訪れる奇跡であった。  今も一線で活躍する一人の女優を例に挙げてみよう。  彼女は、並以上の容姿であったが、(はな)という点においては()に負けていた。壁を感じていたのだ。演技を棒や大根に(たと)えられ、落ち込む日も多かった。  だが、後に名画とされる一つの映画に参加でき、そこで昭明と出会えた。彼の演技指導は熱があり、現場は常に緊張感と高揚感に包まれていた。この中で、果たして自分の演技が通用するだろうか。彼女はある日の撮影終了後、昭明と寝ることも構わぬ覚悟でホテルへと誘った。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!