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彼は自らを昭明と名乗った。昭和元号制定の由来となった『百姓昭明、協和萬邦』から名付けたものだという言葉が、とある雑誌に載せられている。
ド素人であっても、ド玄人であっても、演技の才能が花開くかどうかは、本人の運や努力、環境によるところが大きい。世に『名優』と称ばれた役者は数あれども、それらが全て本物の才能を持っていたかどうかは分からない。
昭明は『名優』を見抜く目など持っていなかった。その代わり、『名優』を生み出す不可思議な力を持っていた。これは彼が多くの経験をしたからこそ身に着けた特技であり、それを自ら欲して手にできた者だけに訪れる奇跡であった。
今も一線で活躍する一人の女優を例に挙げてみよう。
彼女は、並以上の容姿であったが、華という点においては他に負けていた。壁を感じていたのだ。演技を棒や大根に喩えられ、落ち込む日も多かった。
だが、後に名画とされる一つの映画に参加でき、そこで昭明と出会えた。彼の演技指導は熱があり、現場は常に緊張感と高揚感に包まれていた。この中で、果たして自分の演技が通用するだろうか。彼女はある日の撮影終了後、昭明と寝ることも構わぬ覚悟でホテルへと誘った。
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