始まり

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 そうだ、これだって。このたった一人の世界に放り込まれた事だって、人生のトンネルに入ってしまったってことなんじゃないのか?イヤ、この世界は俺のつまらない人生の出口がここだってことをあらわしているのでは?    なんだか納得のゆく答えらしいものが頭に浮かび上がり、まぁそれでもいいかなどと考えた時。  前方の歩道をトボトボと歩く人の姿が見えた、 「なんだ、人が居るのか・・・」  アタルはこの気味の悪い世界で、やっと生存者(?)を見つけたというのに、何故か気持ちが沈んでいた。  自分だけの時間に、他人に話しかけられたような、特別な場所に、見ず知らずの人間が踏み入ってきたような。  とにかく自分勝手な感情に支配されかけたが、アタルは、スピードを緩め、トボトボと横浜方面に歩く人の横にカブを停車させた。 「あっ・・・」  歩いていた男は、驚くでもなく感情を爆発させるでもなく、ただ「あっ」とだけ言うと、面倒くさそうに立ち止まり、アタルに会釈をしてきた。  男の顔から察するに、三十代半ばぐらいだろうか、男は無精髭をはやしてはいるが、身なりはきちんとしていて彷徨っている者としては小綺麗である。 「あの・・・ここまで僕、誰にも会ってないんですけど。これって・・・」   「なんなのか・・・僕にわかると思います」  男は力なく、皮肉な嫌みをアタルに投げかけた。  アタルも、この男の言い方に少し腹立たしさを感じながらも、確かにそれもそうだと納得するしかない。 「僕らが知らない間に、世界が終わってしまったとか、宇宙人が襲来してきたのでは無いって事は確かだろうね」  男の声は何かに取り付かれたように早口で、目の前にいるアタルに対し、言葉を伝えようという意思が感じられない。 「それはどうして・・・」  アタルは、なんとなくこの男と話すことの煩わしさを抱えつつも、この状況にたいしての答えがほしいがために、可も無く不可も無い応答をしていた。 「アナタ、ここまで人の死体を見た?建物が爆発しているとか、炎上しているとか、大量の人間が避難した痕跡をみた?」 「いいえ」  なんだこの男、完全に俺を見下していやがる、とアタルは思ったが、とりあえず、今はこの男しか頼ることが出来ないのだ。 「だろ、例えば、ゾンビが沸いて出てきて、人を殺しまくったのなら、あちこちに死体が転がっているはずでしょ?大量破壊兵器を使ったなら。建物が崩壊してるとか、焼け焦げた死体があるとか・・・勿論、地震や災害ならその兆候に気がついてないのはおかしいでしょ?」 「確かに」  男は、決まり切った返答しかしないアタルを完全に馬鹿にした表情をしている。  が、アタルからしてきたらそんな事は知ったことでなない、だってこの男もこの状況に何の答えも見いだしていないのだから。 「あの女が言うには、なんとかっていう現象に俺たちは閉じ込められたんでって言ってたけど、俺はそんな馬鹿げた現象なんて信じない」  女!いまこの男、「女がどうこう」って言わなかったか?  男の興奮が若干収まった頃合いをみて、アタルはゆっくり言葉を吐きだした。 「あの・・・今女って言いました?」  アタルは我ながら間の抜けた言い方だったか、と思いながら、当たり前の質問をしていた。  まあ、この男に馬鹿なヤツだって思われても、いっこうに構わない、昔から「頭のおかしなヤツ」と周りから言われ続けてきた訳だし。  案の定男は、あからさまにアタルを見下した表情を加速させ、呆れたようにこう吐き捨てた。 「のの字坂には行ってないのか?あそこのいる女は、何かを知っているようだった。けど、全てを知っているふうでもなかった」  男が言うには、のの字坂の辺りに女が住んでいて、その女が、こうなってしまった原因の一部を知っているようだった。  しかし、女の高圧的な態度に耐えられなくなり、男はその女が別れ際に言った「横浜を目指せば、答えの一部は見つかるかもしれない」との言葉に一縷の望みを託し、こうして16号を横浜方面へ歩いているのだという。  「のの字坂」と言う坂は、以前気になってバイクで訪れた事があるので、なんとなく場所の見当はつく、京急田浦駅近辺まで走ってきていたので、大分引き返さなければならないが、この誰も居ない世界で閉じこもっているよりは、人と会ってできるだけこの状況を整理しなければならないだろう。  高圧的な女というのは少し引っかかるけれど。  アタルは、男に微笑んで。 「結局アナタは何も知らないんですね・・・それじゃ」  アタルは、カブのエンジンをかけ、その場をUターンした。  アタルのほんの軽い嫌みに、男がどんな表情を向けたのかは分からない、が、アタルの胸に多少の爽快感が宿ったのは確かなようだ。
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