5人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
001
棺桶の中には父を殺して成り代わった男が入っていた。
色白い顔。
病気でやせ細った体。
「なんでこんなになるまで言わなかったのよ、馬鹿」
私の瞳から涙がこぼれ落ちる。
ここには私以外誰もいない。
この人を知る人も、慕う人も。
「これで本当に最後なんだね」
そう最後の別れ。
彼は父を殺して成り代わった男だ。
私は小学校の頃、母親に捨てられた。
親戚の家をたらい回しにされ、行き場のなくなった私は父を探した。
ようやく父の名を見つけ会いに行くと、彼がいた。
彼は自分は私の父ではないと言う。
私の父を数年前に殺し、戸籍のなかった自分が成り代わったのだと。
にわかには信じられない話だった。
しかし彼は秘密を知った以上は帰せないと、私を監禁した。
そう監禁。
ご飯を与え、風呂に入れ、一緒に寝る。
そして学校へ行くのを見送り、自分は仕事に行く。
彼が暇な時は一緒にゲームで遊び、クリスマスには小さなプレゼントをくれた。
決して裕福ではない、それでいて奇妙な生活。
私はどこで暮らしてきた時よりも、幸せで、まともな人間としての生活を送ることが出来た。
「知ってたよ、私はずっと知ってた。でも知ってて、付き合ってあげたんだから感謝してよね」
彼が自分の本当の父親だということは、もうずっと前から知っていた。
知っていて、彼の嘘に付き合っていたのだ。
元々、母と離婚する時に私を置いて行ってしまった自責の念から、娘に憎まれる役を演じていたんだと、なんとなく分かっていた。
でも彼がそうしたいなら、私も最後まで付き合おう。
誰よりも優しくしてくれた父の願いを、私も叶えたかったから。
「だから、ね。最後だから、もういいよね。……大好きだったよ、お父さん。ずっと傍にいてくれてありがとう。私をここまで育ててくれてありがとう。もう演じなくてもいいんだよ。だからゆっくり休んでね」
父を殺した男。
父を殺した男に監禁されるその娘。
私たちは今やっとその役を降りることができるのだから。
最初のコメントを投稿しよう!