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「嫌なら、出ていかなければいいよ」前に回り込んだ佳奈実が見上げてくる。その瞳にはほのかに希望が宿っていた「ずっと、家にいればいいの」
「そんなこと出来るはずないでしょ」佳奈実に見つめられるのが怖くて、私は目を逸らした「大人には色々あるの」
「そんなの、分からないよ」当然、納得できない佳奈実は駄々をこねるように叫ぶ「どうして嫌なことなのにしなくちゃいけないの? 子供だから分からない! ずっと一緒にいようよ。ねえ! わたし、もっと純香さんにいろんなことを教えてほしいの。純香さんみたいになりたいの」
「私なんてなんの手本にもならない。不幸になるだけよ。止めておきなさい」
「不幸になんてならない。だってわたしは楽しいから。純香さんといられて幸せだから」
「それは、一時だけのものよ。今は楽しいかもしれないけど、後から絶対に後悔するよ。それに、これ以上佳奈実ちゃんの家族を不幸にして、苦しめたくないの」
自分を貶め、佳奈実が私に向ける憧れに似た感情をどうにかかき消そうとする。自分で自分を殴っているかのような言葉に言っていて傷ついてしまうが、全部事実だ。これまでの私の選択。自業自得。
ひゅうう、と冷たい風二人の間に吹いて、言葉が途切れる。凍えて震えているのは体か、心か、私には分からない。
冷めた目で見下ろす私を、佳奈実は一歩たりとも引かないから、と決意を込めた目でキッと睨みつけてくる。その目に射竦められそうになって、また私は目を逸らしそうになるのをぐっと耐えた。
「それなら……」
先に口を開いたのは佳奈実だった。その先の口に出すのを躊躇しているのか、唇が震えている。仕切り直すように短く息を吸ってから、佳奈実は言葉を続けた。
「それなら、わたしも一緒に連れて行ってよ」
その言葉に、私はサッと血の気の引く思いがした。目眩いにも近い。酷い顔をしていたのか、佳奈実も言ってしまった、というように目を見開いていた。
この子はこんなにも私のことを好きでいてくれるのか。私なんかと一緒にいても、不幸になるだけだというのに。いつかは、失望して私の元を去っていくだけなのに。
喜びと悲しみがごちゃ混ぜになって、私の中で渦巻いている。この感情に一瞬でも気を許してしまうと、流されて佳奈実を抱きしめてしまいそうだ。
ダメだ、ダメだ、ダメだ。と自分に言い聞かせる。
「どうしても、分かってくれないのね」
佳奈実はこくりと頷いて答える。引くつもりはないらしい。
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