今夜、私は好きな子にお別れを告げます。

1/8
前へ
/8ページ
次へ
 人間の価値は、持っている物の多さで決まるわけではない。量で決まるのなら、無駄に買い物をする人は価値が高く、倹約家は人としての価値が低くなってしまう。そんなことで、人の価値が決まるわけがない。  とはいえ、無理やり詰め込んだとはいえ、ダンボール箱二つに収まってしまった私の持ち物を見ると、物悲しくもなる。  私の背負っているものは、この程度なのか、と。  生来の根無し草。移り気で一所に長く留まれない私は、大人になってから何度も転居を繰り返している。  理由は様々だが、決して格好いいものではない。急に仕事が嫌になって、街ごと職場を変えたこともあった。突然、自分はこの街にいるべき人間じゃない。なんて電波を受信して引っ越したこともある。  一年前。この、妹――香梨(かおり)の家に転がり込んできたのだって、恋人と喧嘩して、同棲していた家を飛び出して、急に結婚した妹の家族とやらを見てやろう、と思いついたからだ。  音沙汰のない姉が突然現れた時の香梨の、安堵と迷惑と怒りのないまぜになった複雑な顔ときたら。思い出すだけで、胸の辺りがキュッとなる。無遠慮な私でも、流石に悪い気になった。  そんな生き方をしてきたから、荷物もたったダンボール箱二つで収まってしまう。  分かっている。これは、私が選んできた人生だ。誰のせいでもない。  段ボール箱に封をするためにガムテープを切ろうとしたハサミが手を滑って、指先を切ってしまい「痛っ」と声を上げてしまった。  指先から、赤い血がプツリと溢れ出す。  あんたまで、私を嫌うのか? と物言わぬハサミを睨みつける。 「あーもうっ」  なんだかいろいろなことが腹立たしくて、嫌になってしまう。自分だとか、他人だとか、世界だとか。色々、曖昧に。 「大丈夫?」  部屋のドアが開いて、おずおずと少女が顔を覗かせた。 「あー、佳奈実ちゃん? うるさくしてごめん。もしかして、寝てた?」  言ってから、夜の十時はまだ寝るのには早いか、と思い至る。 「ううん。大丈夫。気にしないで」 「そう。なら良かった」  微笑みかけると、少女はぼうっとこちらを見つめてから、私が見ているのに気がついたのか、恥ずかしそうに顔を赤くして目を伏せた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加