181人が本棚に入れています
本棚に追加
屋敷から支給されたそれは、サイズにも問題はなく、その真新しい燕尾服を、ベッド横のコートハンガーにかけると、レオは今、着ている服をスルリと脱ぎすてた。
白のワイシャツに袖を通し、黒のウェストコートとネクタイを締め、ジャケットを羽織ると、最後、真っ白な手袋をして鏡の前に立つ。
すると、鏡に映る自分と目があった瞬間、腹の底から意もしれぬ笑いがこみ上げて来て、レオは、妖しく歪んだ口元を、そっと隠した。
別に、燕尾服を着た自分が、おかしかった訳ではない。
おかしかったのは、自分が、この阿須加家の執事になれたということだ。
「お嬢様に、恋心を抱かぬように……か」
先程、矢野に言われた言葉を復唱し、レオは、スッと目を細めた。
「悪いが、もう手遅れかな?」
阿須加家の一人娘・阿須加 結月。
あれから彼女は
どんな美しい女性に成長しただろう。
髪は、どのくらい伸びただろうか?
俺と再会して
どんな反応を見せてくれるだろう。
驚きのあまり言葉を失うかもしれない。
それとも、泣いて抱きついてくるだろうか?
まだ見ぬ『お嬢様』を思い、レオは一人ほくそ笑む。
「……やっと、この時が来た」
やっとやっと、待ちに待った、この時が
「待ってて、結月。今から、この屋敷を」
俺が──空っぽにしてあげるから。
最初のコメントを投稿しよう!