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プロローグ
「にゃー」
春うららかな4月末。革製のトランクを閉めた男の足に、一匹の猫がまとわりつく。
真っ黒な毛並みをした美しい黒猫は、まるで構ってほしいとばかりに男の足に擦り寄り、グルグルと喉を鳴らしていた。
「ルナ」
すると、男が、そっと猫の名を呼ぶ。
スラリと背の高いその男は、猫と同じく艶やかな黒髪をした美青年だった。
品のある顔立ちに均整のとれた体躯。
見た目も、二十歳そこらと、まだ若い。
だが、黒のスーツをきっちりと着こなす、その玲瓏な姿は、きっと、どこの紳士にも引けを取らない。
「悪いが、お前とは、しばらく会えなくなる」
「にゃー……?」
「仕方ないだろう? 俺は今日から、あの屋敷で、住み込みで働くことになるんだから」
寂しそうにじゃれつく猫の前に膝をつき、青年は申し訳なさそうに苦笑する。
この愛猫と暮らすのも、今日が最後。
それを思うと、なんとも切ない気持ちになって、青年は、優しく黒猫を抱き上げると、まるで壊れ物を扱うように抱きしめる。
「心配するな。必ず、迎えにいく」
だから、分かっておくれ──と、猫の背を撫で、青年は自分の頬にすり寄せる。
この愛猫と別れるのは、忍びない。
だが、自分はずっと、この日を待ちわびてきたのだ。
彼女に会える、この時を──
「あぁ、やっと会える。俺の愛しい愛しい……お嬢様」
これは、今よりも、少し昔のお話。
携帯やパソコンがなく、連絡手段は、手紙か固定電話。そんな懐かしい時代に産まれ、生き、そして、激しい恋をした
──とある執事とお嬢様の物語。
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