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「お買い物に行ってきます。あなたはゆっくりしていてくださいね」
「今日はお祝いよ。奮発してすき焼きにするから楽しみにしててね、パパ」
いそいそと新車のミニバンに乗り込み、発車する母娘。すでに後部座席にはチャイルドシートが設置されていた。
「それでは僕も行きますね、お義父さん」
「ええ、シルビアのことをよろしく頼みます」
「あの……本当によろしいのですか。お義父さんが望むのなら、うちの工場の片隅にでも展示可能なんですが」
オレは首を振った。
「それは彼女が望まないと思う。なにしろお転婆だからね。老後はゆっくり隠居なんてこれっぽっちも思ってないさ」
マサキくんは頭をかいている。何か言いたげだったが、やがてシルビアに乗り込んだ。
「来年九州に行きましょう。それではまた」
エドウィンのつなぎを着た義理の息子を見送る。そしてオレはひとりになった。ひとりぼっちになって、心にポッカリと穴が空いたみたいだった。
(わたしのお尻ってそんなに魅力的かしら)
不意にそんな声が聞こえてきた。
「ああ、最高だよ。惚れ惚れして涙が出てくるぜ、シルビア」
知らずオレは走り出していた。彼女の後ろ姿を追いかけていた。
のっぺらとしたアスファルトの上をダッシュしようとして転びそうになった。
膝関節が痛む。
はは、もう全力疾走することもできなくなったってことか。笑うしかねえな、おい。
オレの中で何かが終わった気がした。
それは青春というやつなのか、それとも若さというものなのか……。
息を切らしながらも、まだ追いかける。カッコわりいけど、追いつくわけなんかないけれど、そうしたかった。
それがシルビアに対するケジメ、いや、女々しいオレが彼女のことを諦める唯一の方法だったのかもしれない。
消えゆく彼女の後ろ姿をオレはいつまでも追い続け、見えなくなってもまだすがり続けようとした。
いつまでもいつまでも――汗と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら。
【おわり】
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