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「あなたーっ! あらそんなところにいたの。今から納車に来るって、マサキさんから電話があったわよー」
玄関先から女の声が聞こえてきた。テッチャンの妹でもある、オレの妻からだった。
シルビアが納車された日、テッチャンのバイクにまたがり、彼に連れられて我が家に来てからの付き合いである。
出会った頃の妻はお転婆な女子高生だったのに、それがいつの間にか恋人になり、妻になり、そして今では一人娘の母となって、オレを支えてくれている。
「パパったらここにいたのね。探したわよ」
娘が縁側のほうからやってきた。身長はとっくの昔に妻を越えている社会人。
今でこそ落ち着いているが、子供の頃は妻に似て、それはもうお転婆な少女だった。それが早いもので、来月末には母になる。
そう。オレと妻は、もうすぐジイジとバアバになってしまうのだ。
あれから三十年……真っ白になった髪の毛をいじりながら身重の娘と会話を交わす。
「そういえばパパ、哲也伯父さんから聞いたわよ。若い頃、この車でママを迎えに行ってたんでしょ? 女子校に毎日乗りつけるなんてパパもやるじゃない。よっぽどママのことが好きだったのね」
やがて妻もやってきた。
「そんなこともあったかしらねェ……。もう忘れちゃったわ」
笑うと目尻に細い細い皺が見える妻。
あれはテッチャンにしつこく頼まれたからだ――部活で遅くなるからと言われて、仕事帰りに寄っていただけなのに、まったく……。
母娘二人がわちゃわちゃ騒いでいると、路地の向こう側にミニバンの姿が見えた。
マサキくん――娘の夫だ。
孫の誕生前にマサキくんの実家である、自動車整備・販売会社に新車を注文していたのだ。
今日がその納車の日。親子三代でドライブするために買った、新たな愛車。シルビアでは到底無理な相談だった。
「お待たせしました、お義父さん。これが新車のキーです。お受け取りください」
「せっかくの休日なのにすまない。平日だとなかなか対応できなくてね」
オレは真新しいキーを受け取り、それからシルビアのキーを彼に渡す。
「日産S13……多少外板は傷んでいますが、この程度ならレストアすれば新車同様に蘇りますよ。いまだにマニアには人気のある名車ですからね。
実はここだけの話、もうすでに買い手がついてまして――九州の、あるレーシングチームなんですけど、うちの工場で修理してから引き渡す予定なんです。
それにしてもノーマルのままで、この状態は奇跡に近いと思います。よほど大事に使われていたのですね」
「そうよお、マサキさん。この人ったらあたしよりも車のほうを大事にしてたのよ。土足禁止とか、とにかくうるさかったんだから」
マサキくんがオレの代わりに苦笑いする。
「まあまあ、お義母さん。男にとって愛車とは特別な存在なんですよ。そこはご理解いただけますか」
「あら、それはアナタもそうなのかしらねェ、マサキさん?」
娘が大きなお腹を擦りながら言う。
「え?」
「愛車よりも家族が大事に決まってるじゃないか。なあマサキくん」
オレが目配せすると、彼はうなずいた。
「もちろんですよ、お義父さん」
助け舟だよ、マサキくん。これからはきみたちの時代だ。いつまでも幸せにな。
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