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待ち合わせ
土曜日午前9時。
三ノ割駅改札前に突っ立っている宗親は、周囲の風景に溶け込んでいた。
人が良さそうに見えるのか、おばあさんが新宿への行き方を聞いてきた。
「ちょっと調べてみますね。
ここからだと複数の行き方があります。
一番速いのは…… 」
親切に乗換案内で最速の行き方を教えてあげた。
感激したおばあさんは、バッグの中からみかんを取りだした。
「ありがとうよ。
最近の若いもんは、話しかけにくいっていうかさ。
あんたはその点、どっかで見たような顔してるからさあ。
おっと。
気を悪くしなさんな」
みかんをポンと、手のひらに乗せてニッコリ笑った顔は、皺の中に目鼻口が隠れてしまいそうだった。
背中越しに手を振って改札の中へと入っていった。
「ふう。
どっかで見た顔か…… 」
菩薩のような ほへ顔 で、得したと思ったことはない。
親しみやすい、ありふれた顔なのか。
あるいはお年寄りが、観音様を思い浮かべて言ったのか。
こんな自分に幸せが訪れるのか、自信がなくなった。
ふと、地面を見つめている自分に不安がよぎる。
「おっと。
いけないな。
顔を上げていないと、幸せが逃げていきそうだ」
約束の時間が近づいてきた。
宗親は、いつも待ち合わせ時間よりかなり早く現地へ行く。
遅刻はしないし、遅刻する人の気持ちが理解できない。
何事も中庸な人生を好む性格が、予想外のできごとを遠ざけて時間に厳しくなっていたのだ。
突然スマホが振動して、画面を見る。
「ごめんなさい。
ちょっとだけ遅刻します」
真由美からだった。
遅刻するというのに、理由が書かれていない。
言い訳しない感じがして、好感が持てた。
「次の電車は……
10分後か」
ちょうど電車から降りた人波が、改札でピッ、ピッと音を立てて通り過ぎた。
駅前はせわしない。
速足で歩く人が多いから、立っていると置いて行かれた気分になる。
何をするでもなくボーッと、駅前の看板などを眺めていた。
次の電車が到着した。
胸が高鳴り、緊張の糸が張りつめていく。
「あの。
志保さんですか」
声をかけられてハッとした。
写真よりも、ずっと綺麗に見えた。
「花ヶ前さんですね」
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