シンサイ

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「そうね。……今日は疲れたわ。ろうそくの灯も暗いから、読むのは明日でも遅くないでしょう」  春花はそう言って体を横にした。部屋の片づけをして、古い井戸を直して、〝希望の書〟……目を閉じて一日を振り返ると、疲れをどっと感じた。娘には言わなかったが、〝希望の書〟に忘れかけていた夫の名前が載っていたことが何よりも衝撃だった。 「〝希望の書〟なんて嘘ばっかり。地震で家の中もめちゃくちゃになるし、希望なんてどこにもないわ」  並んで横になった玲奈に向かって愚痴を言う。返事の代わりに聞こえたのは寝息だった。  うつらうつらと長い夜を過ごし、再び寒い朝を迎えた。 「眠れた?」  玲奈に尋ねられた春花は「ううん」と赤い眼をして首を横に振った。  玲奈が新しい水をくみ、2人で古い流し台の前に並んで立つと米をとぎ、ジャガイモとニンジンを刻み、二つの鍋をストーブに乗せた。  春花はストーブの前にぼんやり座ってご飯が炊けるのを待った。  玲奈が電話の受話器を取って声を上げた。 「アッ、音がする」  電気はまだ止まっていたが、電話は復旧したらしい。 「ダイヤル式の電話は、電気が無くともつながるのね。意外と、原始的なものの方が役に立つのね」  彼女が笑った。 「電話がつながるのなら、勇樹(ゆうき)に生きているから心配するなって連絡しておいて」  春花は大阪に住む息子のことを忘れていたことに気づいて頼んだ。 「兄さんには、昨日、メールをいれておいたわよ」  勇樹も無事だったのだ。……春花は胸をなでおろした。それから新しい電子メールはダイヤル式の電話より役に立つと思った。
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