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「何か、情報が出ているかしら?」
独り言を言いながら、玲奈がスマートフォンの電源を入れた。
「……おかあさん。大変」
「今度は何よ」
「避難指示が出ているわ」
「誰が避難するの」
「原発から20キロ以内の人、全員よ」
玲奈の腕がにょきっと伸びて目の前にスマートフォンが突き付けられた。
「どういうこと?……」スマートフォンを手に取り、目の前の文字にしがみつく。「……老眼だから見にくいのよ」
何度も同じ文字を追った。必要だったのは、情報ではなく時間だった。そうしてやっと、自分たちは避難しなければならない、と腑に落ちた。
「仕方がないわね」
春花の言葉を待って玲奈が動き出す。
母娘はストーブの火を消し、身の回りの荷物と貴重品、食糧、井戸水等を玲奈の車に積み込んだ。春花はストーブの上で煮えはじめた野菜をプラスチック容器に入れることも忘れなかった。
〝希望の書〟とノート、報告書も元の通りに新聞紙に包みなおして荷物に詰めた。その包みを箱に入れるとき、「原発事故はこれの影響じゃないわよね」とつぶやいた。
「何か心当たりがあるの?」
玲奈の疑惑の目が向いている。
「ないわよ。原発事故なんて、望むわけはないでしょう」
春花は憤りを感じた。娘とはいえ、なんてことを言うのだろう。
「原発は安全だと言われていたのに、裏切られたわ」
ぴしゃりと言って、玄関ドアを閉めた。
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