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 結局あの日以来、彼女とは出会っていない。  十二月に入り、私の勤めていたコンビニで数人が一気に辞め、朝も昼も、日によっては夜まで働かなければならないことが増えたからだ。オーナーからは店員にならないかと誘われていたが、そんな決断が簡単にできる訳もなく、私はなあなあのままにして、仕事を続けた。  連絡先は交換していなかった。  彼女が結婚しているという事実を知らなければもしかするとあの日、連絡先を聞き出していたかも知れないけれど、彼女が家庭を持つ女性だと判明してしまった瞬間から、私の中ではどこか深入りしてはいけないというスイッチが入ってしまい、あの曲はそのままお別れのプレゼントになってしまった。  年が明け、近所の神社に初詣に向かう。もちろんその後またコンビニエンスストアで長時間働くという任務が待っていたが、日々が仕事に忙殺されていく中でもこういった行事くらいは参加しておきたい。  夜が明けてそう時間が経っていないというのに、人が列を成していて、私はダウンジャケットに顔を埋めるようにして一人、その列に並ぶ。  と、人混みの喧騒(けんそう)の中に、彼女がいた。隣には男性が、その腕には小さな女の子を抱いていて、幸せそうに笑っていた。  失恋した時の気持ちはいつも、心臓に少しずつ冷たくなった液体を流し込まれているような感覚で、けれどこの時だけはそんな風に感じることはなく、ふっと脳裏にあの時の彼女の歌声が蘇ったのだ。  今も彼女は、どこかで歌っているのだろうか。  黄昏時のステージを探して、歌っているのだろうか。  もう少し曲作りに自信が持てるようになったら、また探してみようと思う。  黄昏時の歌姫を。  賽銭(さいせん)を放り投げ、私は大きく柏手を打つ。  その願いが、今年中に叶えられるようにと。(了)
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