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「『シャトー・オー・ブリオン1989』。『5大シャトー』のうちの一つで、それも当たり年……つまり高品質のブドウが採れた年に作られたヴィンテージワインですよ、お嬢様」
「……5大シャトル?」
「5大シャトー、だよ。『シャトー』っていうのはワインの醸造所のことで、5大シャトーはワインの大産地として知られるフランスのボルドー地方で格付けされて『第一級』の称号を与えられた、5つのシャトーのことなんだ」
すぐに理解が追いつかなくて目をパチクリさせている綾乃の隣で、葵はさらに補足する。
「この『シャトー・オー・ブリオン』は5大シャトーの中でも一番エレガントで滑らかな味わいとして、特にこの1989年のものは世界的にも辛口で有名なワイン評論家から100点満点の賞賛を得た逸品なんだ」
そう淡々と解説しながら、ワインオープナーでコルクを躊躇いもなく開けてしまった。
「へえぇ……やけに詳しいんだね、葵」
関心している綾乃の横で、二つのワイングラスにトクトクとワインを注いでいく葵。
「……いや、俺も詳しく知ったのは最近なんだ。見込み客がワイン好きの中でも通だとしたら、その接待の前にワインのことはもちろん、品揃え豊富なワインバーまで徹底的にリサーチしておく必要がある……そうだろ?」
見込み客とは、新規のクライアントになる可能性がある顧客のことだ。つまり葵がこれほどワインに詳しいのは、その営業力の高さゆえなのだ。
「そ、そっか……ワインの知識がないんじゃワイン好きな人の心も掴めないもんね……」
「そーゆーことっ」
そう言って無邪気な笑顔を見せる彼の仕事は単に作業をしているだけではなく、仕事を得ることがすでに仕事のうちだということ。
そして、そんな彼が自分の知らない所で試行錯誤を繰り返し、その結果がこの高級ワインだということが綾乃にも理解できた。
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