第1話 パンドラの箱

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「葵、ほんと頑張っててすごいね……」  もちろん、彼の仕事が順調なのは恋人である自分にとっても嬉しいことだ。しかしその反面、どうしても気が引けてしまうのだ。 「(私……ほんとに葵のこと、支えてやれてるのかな? 私が葵の足を引っ張ってなきゃいいけど……)」  そんなことをモヤモヤと考えているうちに、ヒョイッと目の前にワインが入ったワイングラスを差し出されて我に帰る。そしてグラスの持ち方すらおぼつかない綾乃の顔を横から覗き込むようにして、彼はまた感情を読み取ったふうなことを言うのだ。 「まーた『私でいいのかな?』……って顔してる」 「えっ?! ま、まぁ……そんなことなくもないけど」 「本当に、こうして俺の仕事がうまくいってるのも……お前のおかげ、なんだ」  にわかには信じられない言葉だ。 「……ほんとに? 私なんて相変わらずのメシマズ女だし、昨日は洗い物中に葵のお気に入りのマグカップ割っちゃったし、その前は洗濯物を干すつもりが振りさばきすぎて葵の『Calvin Klein(カルバンクライン)』のパンツ(※1枚3000円)破いちゃうし、その前の前は——」 「だーかーらっ、それでもお前がいるだけで俺は何でも頑張れるってことだよっ」  そう言って、頭をグシャグシャと撫で回されて髪がボサボサになった綾乃を見つめながら葵はフ、と笑った。 「とりあえず乾杯しましょう? ……お嬢様?」  ──そして、それからわずか20分後。 「……ひっく!」  先に赤ら顔でしゃっくりをし始めたのは、綾乃だった。 「ご、ごめん……ちょっとアルコール度数キツめなのに飲ませすぎちゃった?」  その隣で、綾乃よりも多く飲んでいるはずの葵は顔色ひとつ変えずに平気な顔をしている。 「あ、あんた……っ、私より飲んれたくせになんれそんな平気な顔してんのっ……?!」  もはや呂律(ろれつ)すら回っていない綾乃とは違い、葵の肝臓はどうやら鉄でできているらしい。 「ああ、俺なんでか知らないけど、高い酒ならいくら飲んでも酔わないんだよなー。逆に安物の酒だと悪酔いしちゃってダメなんだけど」  なんとも葵らしい、贅沢で都合のいい体をしている。
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