第1話 パンドラの箱

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「(なーに気取ったことぬかしてんだかっ……!)」  またまたお決まりの負けず嫌いが発動し、綾乃は葵の制止を振り切ってさらにワイングラスへとワインを注ぎ込んだ。 「高い酒っていうけど……このワインって一体いくらぐらいするの?」  見ただけではまったく価値のわからないワインをグラスの中で泳がせながら、訊いてみた。 「5大シャトーの中でも安価な方だけど、辛口ワイン評論家のお墨付きだからなぁ……最低でも1本30万はするだろうな」  綾乃の目玉が飛び出た瞬間だった。 「い、1本さんじゅうまんっ?! ここ、このワインがっ?!」  自分の手の中に収まったグラスの中で波打つ赤紫色の液体がお金に見えてしまった。 「ほんとは俺の方からクライアントに何か贈ろうと思ってたのに、先越されちゃったんだよな。でもまぁ……これから一緒に仕事をしていくうえで無事に信頼関係を築けた結果だって思うと嬉しくて、高価な物だけどありがたく受け取ったんだ」 「……そっか。それじゃあ尚更、仕事でお返ししなきゃねっ!」 「うん、そのつもり」  満ち足りた時間が二人を包み込んだその時、ワインが収められていた木箱の中で小さなカードのような物を見つけ、綾乃は何気なく手に取った。  そしてそれに目を通した瞬間、すべてを悟ったのだ。 「——なるほど、よっぽど信頼されてるうえに好かれてるみたいねぇ……」 「……えっ?」  キョトンとする葵の目の前でそのメッセージカードの中身を読み上げながら、綾乃は迫った。 「『Dear(ディアー)桐矢葵さま。聡明な貴方の仕事ぶりはもちろん、その美貌にふさわしいワインを贈ります。今後とも末永く、よろしくお願いします。P.S 愛を込めて』……だって」  明らかに女性っぽい文字でそう書かれたメッセージカードを目にした葵は、その途端に冷や汗をかき始めた。
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