第1話 パンドラの箱

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「これって絶対! 女の人よねぇ?! なによっ、この最後の『P.S』はっ! ハートマークなんかつけちゃって! この人もあんたのこと、狙ってるんじゃないのっ?!」  食い下がる綾乃から思わず後ずさる葵。 「そ、そんなの知らないって! 確かに女の人だけどそもそも既婚者だし、そんなはずはっ……!」 「『貴方の仕事ぶり』はともかく、『美貌にふさわしいワイン』……って、要するにあんた自身への評価が辛口評論家に言わせれば100点満点だって意味でしょ! ガッツリ既婚者の心奪っちゃってるじゃないのっ! 一体どんな手を使ったのか白状しなさーーいっ!!」  据わった目つきで問い詰める綾乃に戦慄した葵は、逃げるようにしてその姿勢を「執事」へと変貌させるのだった。 「お、お嬢様っ……無用な詮索はあなたにお仕えしているだけの執事たるもの、軽々しくお受け付けすることはできかねますので……!」 「もうっ、都合良く執事に戻るんじゃないのっ!」 「わ、(わたくし)! 何か軽くつまめる物でもご用意して参りますので少々お待ち下さいませっ!」  そそくさとキッチンへと逃げていくそんな葵の後ろ姿を睨みつけるようにして見送り、綾乃はため息をつくのだった。  ——葵が女性からとてつもなくモテることは綾乃だけでなく、彼の人となりを知る人間なら皆、納得の事実だ。  その凡人離れした端正な容姿から漂う色気は男性的でもあり、女性的でもあり、それはミステリアスな魅力となって彼を作り上げているのだ。  そして、彼が魅力的に映るのは何も容姿だけではない。  そんな美貌に恵まれているにもかかわらずそれを鼻にかけることもなく、利用して女性を無責任に扱うわけでも不貞を働くわけでもなく、仕事に対しても恋愛に対してもひたむきでまっすぐな……そんな人柄が表面にも滲み出てこその「イケメン」というわけだからだ。  そしてそれは恋人である綾乃にとってももちろん自慢したいくらいに誇らしいことだが、やはりが気になって仕方がなくなる原因でもある。 「(葵って、昔からこんな感じだったのかな? だとしたら……学生時代だってきっと、平凡な男子なんかじゃなかったはずよね)」  今朝、咲子から言われた「あの桐矢くんだもん、そうとうな経験積んできたのは間違いないだろうから」という台詞が尚も綾乃の好奇心を揺さぶってくる。
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