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昼休みの騒がしい教室は、夜空に光る名もなき星のように、ひどくよそよそしく感じられた。
私、平野のぞみは窓際の席でひとり、ノートに視線を落としていた。右手に握った赤色のシャープペンシルの先を、しゃっしゃっと、リズムよく動かす。
今から1週間前。私はこの奥田第八中学校の、2年生のクラスに転校してきた。しかし人づきあいが苦手な私は、新しいクラスに馴染めなかった。その結果今もこうやって、私は一人でノートに落書きをしているのだ。
私はシャープペンシルを机の端に置くと、ノートに描き終えたばかりの絵に目を細めた。ファンのアイドルの似顔絵、好きなアニメキャラクターの戦闘シーン。これまでで一番の出来だと、私は呟いた。
「すごい。のぞみちゃんって、絵が上手なんだね。プロみたい!」
突然聞こえた声に驚いた私は、ばっと顔を上げた。そこに立っていたのは、同じクラスの前島桜ちゃんだった。
「いや、これは趣味で描いてるだけだから! 全然上手くないよ」
私は桜ちゃんに絵を見られた恥ずかしさに、思わず椅子から立ち上がった。私は桜ちゃんと、至近距離で見つめ合った。さらさらの黒髪に、中学生にしては大人っぽい顔立ちの桜ちゃんが、ふっと微笑んだ。桜ちゃんの唇はきれいなピンク色をしていて、桜の花びらみたいに私の目を引いた。
「そんなことないよ。あのね、私、のぞみちゃんにお願いがあって。私としてほしいことがあるの」
すると桜ちゃんは、顔を私に近づけてきた。私は「ひっ」と上ずった声を出して、そのまま後ろにのけ反った。桜ちゃんは私の驚きなんてお構いなしに、桃色の唇を私に向ける。
「桜ちゃんが協力してほしいことって、まさか、キス?」と私は心の中で呟いた。さっきから私の胸はバクバクと鳴って、全身が熱い。すると目の前に急接近した桜ちゃんの唇が、ゆっくりと動いた。
「のぞみちゃん。私と一緒に、小説を書いてくれない?」
「へ?」
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