ディスプレイの向こうには人がいる

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 青年とBotくんは毎日のようにやり取りを行っていた。そのbotは出来が良かったのか、青年が何か適当にSNSにコメントを書くだけで適切なコメントが返ってくるのである。 〈イエス・キリストの十二使徒で、ユダは裏切ったけどその代わりに誰か新しい使徒になったのかな?〉 青年は大学生で、講義の宗教概論においてレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐を参考書で見て、ふと気になったのだった。講師に聞こうと思ったところで終了の鐘が鳴り、聞き逃したため、SNSに「ふと」書き込んでしまった。検索をかければ数秒で終わることに気がついたのは書き込んだ後だった。 Botくんからの返信は数分後だった。 〈マッテヤ。新約聖書の使徒言行録一章の15節から26節までにこの下りが書かれている。くじ引きで決まった人。それ以降出て来ないところ、やっぱりくじでこういうのは選んじゃだめだね。足利義教みたいに詳細が明らかになっていたら、聖書でくじ引きを禁止にする聖句が書かれていたかもねwwww〉 解説が急に人間臭くなったな。しかし、名前と新約聖書のどこにその詳細が書いてあるのかがわかっただけでも十分だ。これだけでも次の講義がやりやすくなる。青年はそれをノートに書き込んだ。  青年はすっかりBotくんとの交流にハマッてしまった。返信が早くて5秒、遅くても1時間後に届くことから「面白い」と感じ、青年のSNSは「独り言」から「質問」や「相談」を書く場へと変わっていくのであった。 いつしか青年にとってBotくんはbotではなく「慣れ親しんだネット上の友達」になっていた。  大学の課題や気になったこと。講義中に気になったことはSNSに書かれ、教授が答えを言うよりも早く答えを知ることが出来るようになっていた。 青年はそれだけに限らず、日常会話レベルの話もBotくんに行うようになっていた。 明日の天気や食事の献立や帰りの時刻表と言った友人の内で交わすようなものばかり、それでもBotくんは真剣に答えてきた。明日の天気に関しては24時間の降水確率から出かけるべき時間を書き、食事に関しては昨日の食事からバランスを考えたものにすることを提案し、時刻表に至ってはどの時間の列車に乗れば満員電車に巻き込まれないかという助言が適切にされているのであった。 Botくんは青年を否定するようなことは書かない。何を言っても「全肯定」であるために、青年にとって大変心地の良い存在であった。
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