ディスプレイの向こうには人がいる

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ただ、Botくんであるが…… 答えてくれない質問があった。自分のことである。 青年は試しに〈Botくんの本名は?〉と聞いてみたところ、返信はなかった。企業のbotなんだから会社の名前を教えられるかと思われたが、梨の礫であった。 青年の住んでいる地域の情報にやけに詳しいことから〈どこ棲み?〉と聞いてみたところ、やはり梨の礫だった。 どうやら「プライベート」なことは一切答えないようだ。AIもこのあたりはまだまだであると青年は「シンギュラリティの到達もまだまだ先か」と、安堵感を覚えるのであった。  やがて、青年は大学4年生となり就職活動を始める時期となった。 青年は企業展示会にて一流商社Aの人事課の話を聞き、ITを駆使したビジネスモデルに感銘を受けて是非とも入社したいと考えた。〈一流商社Aの説明会なう! 是非ともここで仕事したい!〉と、SNSに書き込んだところ、Botくんからは意外な答えが返ってきた。 〈あなたでは実力不相応です。他の会社をオススメします〉 実力不相応…… 何という失礼なやつだろうか。こいつがこんなに腹立つことを言ってきたのは初めてだ、生意気なbot風情が良くも言う。青年は自慢気な嫌味を呟いた。 〈一応成績トップなんだけどな〉 そう、青年は大学の首席にまでなり、優秀学生賞を取得するに至っている。しかし、Botくんの返信は容赦が無いものだった。 〈大学で首席を取ったところで社会に出た後ではクソの役にも立ちません〉 こいつ、こんな腹立つことを言うやつだったかな? いつものように黙って答えていればいいものを。不愉快だ! 青年はBotくんとの会話を打ち切ることにした。 青年はBotくんの反対に逆らい、一流商社Aを受けることにした。筆記試験で篩いにかけられ、更に面接で篩いにかけられ、最後は重役面接にコマをすすめ、見事に一流商社Aの内定を得ることが出来た。その間、青年はBotくんに〈一流商社Aの筆記試験の傾向と対策〉や〈面接で緊張しない方法〉を尋ねていたのだが、Botくんは一切その質問に答えずに沈黙を守り通した。 「なんだよあいつ、そこまでして反対するのか。うぜぇ」 青年はBotくんに見切りをつけた。友達登録を取り消した上で、青年の返信にコメントが出来ないようにブロック(コメント拒否機能)までかけてしまった。 「あばよ、お前みたいな下らない我楽多(bot)といた四年間、楽しかったぜ? けど、俺を否定するようなヤツとはお別れだ。あばよ?」 青年とBotくんの縁はこれで切れてしまった…… インターネット上には生身の人間がいると言うネチケットの精神を失ったからこそのアッサリとした別離(わかれ)であった。
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