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切望
未来は洗い物を終えると、王が出て行ってから、30分以上は時間が経っていることを確認して、フライパンの水気を拭いてから、事務所に持って行った。
さっきまで食卓として使っていた机の片隅に、テーブルクロスが綺麗に畳まれて置かれてあって、その一角では青島がノートパソコンを広げていた。
「何か飲みますか?」
未来が声をかけると、青島は顔を上げた。
「今はいい。あとで風呂に入ってから、貰おうか。」
その返事に、未来は目を丸くした。
「今日、泊まるんですか?」
そんな未来の反応に、青島はこめかみに手をやり、頭が痛いというような仕草をしてみせた。
「酷いな。俺が大学生とご飯を食べるために来たと思っているのか?」
未来は口をすぼめ、首を傾げた。
「平日だから、てっきり帰るのかと。明日は…」
大丈夫ですか、と聞こうとしたが止めた。
大丈夫だろがなかろうが、最初から帰るつもりなんてなかったんだろうな、と思ったからだ。
「それなら先にお風呂どうぞ。王くんのことは、私が待ってますから。」
しかし青島の反応はない。
「宏さん?」
「ん?あぁ、これまで終わらせてから入るよ。」
「そうですか?じゃあ着替え出してきますね。」
そう言って、未来は部屋に戻って行った。
そして、青島はパソコンの画面を恨めしそうに睨みつけた。
今やったとしても、明日の仕事の足しになど、ならない内容だった。
少なからず好意を表している男と、2人きりにさせるなど、たとえ僅かな時間だったとしも、許すわけにいかない。
だいたい今日ここにきた理由は、王の事ではなかったのに。
あれこれ考えていると、事務所のブザーが鳴って、青島は不覚にも体をビクつかせて、確認もせずに戸を開けた。
「オソクナッテ ゴメンナサイ。」
当然のように立っていた王は、頭を下げた。
「いや、こちらこそ急に悪かった。今日はごちそうさま。」
と、咄嗟に作った笑みで、礼を言う。
「王くん、今日はいろいろありがとう。」
ブザーの音に気付いた未来も、フライパンを手に、すぐに出てきた。
「ミキサン フタ。」
フライパンを渡された王が言うと、未来は、アッと声を上げた。
「ごめん!少し待ってて。」
慌てて台所に向かう未来に、青島は苦笑いをして、それからふと、王の表情が目に入った。
穏やかに笑ってはいるが、その視線の先はただ一点、未来の方を見つめ、少しだけ切なそうに目を細めている。
思わず青島が咳払いをすると、その表情からは一切の憂いが消えた。
「2ネンデス。2ネンデ ニホンシシャニ ハイゾクサレルヨウニ ガンバリマス。」
「ソノトキ ミキサン ココニイタラ ボクハ ミキサンノコトモ ガンバリマス。」
青島は何かしら言葉を発しようとしたが、お待たせ〜と言う未来の声に遮られる。
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