9人が本棚に入れています
本棚に追加
「ねぇ、聞いて。今日パートの山田さんがね……」
夫に喋る隙を与えないように会社での出来事をペラペラと話す。夫は肉じゃがのじゃがいもを箸で丁寧に真っ二つにしてから口に運び、目はテレビへ向けながら「ふんふん」と適当に頷いている。
一通り話し終えると私は満足したように缶ビールを呷った。すると夫がようやく口を開く。
「事務員も大変だな」
私たちはお互いを思いやれる、ごく普通の夫婦だ。
朝が来れば私は夫よりも先に起きて、朝食の準備や洗濯物、お弁当の用意と忙しなく家を駆けまわる。夫はのそりと起きてきて、新聞片手にコーヒーを啜りながらチラリと私のバタバタに目を向ける。そしてピーピー鳴る洗濯機から洗濯物を取り出して私に持ってきてくれるのだ。
優しい夫を持って私は心が温かくなる。だから多少の秘密を発見しても見なかったことにするのだけれど。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
スーツを着て重たそうなカバンを肩から下げた夫は、いつものように仕事へ向かった。玄関で見送りをする私は、にこやかに手を振って送り出した。玄関のドアが完全に閉まるまでそれは続く。床に差し込む朝日が段々と面積を小さくし、針一本の細さになっても手を振り続ける。パタン、と静かにドアが閉まったら、私も仕事に行くための準備を始めた。
最初のコメントを投稿しよう!