遊泳する秘密

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 私の夫にはいくつかの秘密があるらしい。例えば自分のクローゼットの奥底にへそくりを隠しているだとか、残業だと言ってマンガ喫茶に行ったりだとか、妻の私に内緒の行動を取っている。なにやら怪しい。一体なにを隠しているのか。  私と夫は大学生の時にサークル活動で出会った。他大学との交流会があって、その代表を務めていたのが他大学で三学年上の夫だった。最初は気にも留めていなかったのだが、彼の方は私に一目惚れをしたらしい。「連絡先教えて」と口説いてきた。顔は好みではなかったけれど、断る理由もないので教えたら頻繁に連絡が来るようになり、「○日空いてる?」「ご飯行こうよ」と結構しつこかった。私は男の人と二人でご飯に行ったことがなかったので、ちょっと失礼だけどひとつの経験として彼を利用しようとしたのが正解だったのか間違いだったのか。彼の優しさや誠実さに触れて、見事に恋愛の沼に落ちた。そして五年の交際を経て結婚した。  付き合って十年、結婚して五年目の今、夫は私に様々な隠し事をしている。嘘が上手な人もいるけれど、私の夫は嘘が下手だ。動揺が顔に出るのですぐ分かる。でもあまり責めると可哀そうなので、私は敢えて「嘘でしょう」と問い詰めたりはしない。泳がせて泳がせて、身が大きくなったところで捕食する。これが私のやり方だった。 「ただいま」 「おかえりなさい。今日も遅かったのね。お腹空いたでしょう? すぐ食べる?」 「あぁ、うん。食べる」  彼は私から目を逸らして、いそいそと寝室の方へ移動する。ほら、『僕は君に隠し事をしています』と顔に書いてあるのを読まれないようにしたでしょう? でも私は気づかないフリをする。全てを知っているからだ。 「お疲れ様。ビール飲むでしょ?」 「あぁ、うん。ありがとう」  着替えてダイニングテーブルについた夫の前に、用意した缶ビール二本のうち一本を置く。彼の前に私も座ってカシュ、とプルタブを開けた。テーブルに置かれた夫のビール缶にコツンと当てて、「乾杯」と呟く。
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