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ミナミ【大丈夫? 今日は元気なさそうだね。】
サキ【うん、平気だよ! けどちょっと疲れちゃって】
ミナミ【学校、大変だった?】
サキ【それもあるけどね。今日もお母さんが病院に泊まりでさ。いまやっと家の片付けが終わったとこなんだ】
ミナミ【お祖母様のことだよね? いつも大変だね。】
ミナミの言葉に、私は苛立ちをおぼえた。
日々の疲労が溜まっていたのもあったのだろう。それでも他人の家のことを、いつもながら「大変」のひとことで片付けてほしくはなかった。
サキ【別に。いつものことだよ】
ミナミ【でも、私はサキちゃんのことを偉いと思っているよ。お祖母様の看病のために、わざわざ転校までしてるもん。】
サキ【他に選択肢がなかっただけだし。私だけ残って向こうの学校に通い続けるなんてできるわけないじゃん】
ミナミ【そうだね。でも、きっとサキちゃんならこれからも平気だよね! だって、友達も沢山いるし、きっと大丈夫だよ!】
友達なんていない。思わずそう入力しようとした手を止める。
ミナミが励まそうとしてくれているのは充分承知していた。それでも、このときばかりは前向きな彼女の考えが鬱陶しかった。
私には沢山の友達がいる。身から出た錆とはいえ、この大嘘を取り繕う気力もなかった。なによりミナミの言葉が、前の学校の友達からも見捨てられ、孤独な私という立場を浮き彫りにしているようでつらかった。
ミナミへの苛立ちが不満へ、そして嫌悪へと変わっていく。
サキ【私のこと何も知らないくせに、好き放題言わないでもらえますか?】
気がつけば、私はそんなメッセージを送っていた。
ミナミからの返信はすぐには来なかった。携帯の操作に不馴れなのか、普段から彼女の返信は遅いほうだったが、このときばかりは画面を見つめて熟考する姿が簡単に想像できた。
ミナミからの返信は、それからたっぷり五分をかけて届いた。
ミナミ【サキちゃん。私ね、そんなつもりで言ったわけじゃないの。ただ、励まそうと思って。でも、気分を悪くさせちゃったよね。ごめんなさい。】
サキ【別に気にしてないよ】
もちろん嘘だ。それでもいまはこうして答えるしかなかったし、それ以外には何も言いたくはなかった。
ミナミの返信がとどくまで、またしても時間がかかった。
ミナミ【そんなの嘘だよ。サキちゃんは私のせいで嫌な気持ちになったんでしょ?】
そのメッセージを見て顔がかっと熱くなり、思わず携帯を壁に投げつけそうになった。強い動悸が身の内を揺らすなかでどうにかそれを堪え、実際振り上げるまでしていた腕を静かに降ろすと、握りしめていた携帯をサイドボードに置いた。
結局私は、ミナミのその問いに答えることはできなかった。
その日だけではなく、次の日も。そして次の週も。
ミナミとのやりとりを続けることや、関係を修復することが億劫になったからではない。むしろその逆で、私はミナミと元通りに話ができることを望んでいた。
それでも私が二の足を踏んでいたのは、その先にまた嘘をつく日々が待っているとわかっていたからだ。仲直りができても、また自分の見栄を取り繕わなくてはならない。そしてあるとき、それがばれてミナミに失望されることが怖かった。
私は、虚構の自分を演じることに倦み疲れていた。
不安定なバランスのまま、それきりミナミとのやりとりはぱったりと止んでしまった。
はじめのほうこそ彼女からメッセージが続けざまに届いたが、その頻度も次第に減ってゆき、とうとう蝋燭の灯が消えるように途絶えた。私はそのあいだ、自分の中で抱えていた迷いを振り切ることもできず、ミナミからの謝罪や挨拶、近況報告に目を通すことしかできなかった。
SNSでのつながりなどというものは、きっとこうして簡単に切れてしまうものなのだろう。なにせ、大概はおたがいの顔も本名も知らないのだから。
極端な話、相手が不慮の事故や病気で死んでしまっても、本当の意味で真実に気づくことはないのかもしれない。
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