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気に病んではいたが、実際のところ、いつまでもミナミからの返信を待っていることはできなかった。
もちろん時間さえ許せばそうしていただろう。だが時期を同じくして祖母の容態が次第に悪化し、私も母に付き添って病院に見舞いに行くことが多くなっていたのだ。
その頃、祖母はほとんど眠ったままだったが、たった一度だけ私の前で目を覚ますことがあった。
そのとき私は着替えを届けるため一人で病院を訪れており、祖母の横顔を見つめていた。
最近こそほとんど顔を合わせていなかったが、小さい頃には祖母の下で暮らしていたこともあった。というのも、当時は両親が離婚調停の真っ最中で、学校を長期間休んで祖母の家に身を置いていたのだ。
人工呼吸器につながれたまままぶたを開けた祖母は、そうして一緒に暮らしていたときと同じ優しい眼差しを私に向けてくれた。震えながら伸びた彼女の手をとると、想像よりもずっと滑らかで、冷たい感触が伝わってくる。
おばあちゃん? そう問いかけたが、その頃の祖母はほとんど声を出せない状態だった。ただ目尻からこぼれた涙だけが、彼女の思いの丈を語っているようだった。
涙の意味を理解できないまま、私はただ頷くことしかできなかった。
祖母はそれから一か月後に亡くなった。
とうとうベッドから起き上がることはなかったし、私と直接言葉を交わすこともなかった。
生前人当たりのよかった祖母は看護師たちからも人気があり、誰もが涙ぐみながらそのエピソードを話してくれた。彼らが話すには、入院してしばらくした頃、祖母が携帯を契約し、その使い方を訊いてきたことがあったという。入院患者用のラウンジでせっせと携帯を使う姿を見て、誰かいい人でもいるのでは、と好意的な噂もしていたそうだ。
その言葉どおり、祖母の遺品の中には携帯があった。切れていた充電を復活させると、認証ロックはかけられておらず、追加されたアプリも一つだけだった。
悪いとはわかっていながら、私はそのアプリ……ログインしたままになっていた<QuicQ>を開いた。
母にあとから訊いてみて、祖母の旧姓が「南」だということもわかった。
だがそのことを調べるまでもなく、私は<QuicQ>を開いてすぐに彼女の正体を理解していた。メッセージのやりとりをしていたたった一人の相手が、私だったからだ。
私の唯一の友達、ミナミは祖母だった。架空の誰かを演じていたのは私だけではなかった。孫が友達の多い学生生活を送っていると騙るいっぽうで、祖母は同じ年頃の女の子として、私に寄り添ってくれていたのだ。
真新しい画面に水滴が落ち、自分が泣いていると気づいた瞬間、息が苦しくなる。震える指先で涙を拭うと、未送信のメッセージ欄が開いた。
【早紀ちゃんへ。
もしかしたら読んでくれるかもしれないと期待して、ここにお手紙を残します。
このあいだは怒らせるようなことを言ってごめんね。早紀ちゃんが新しい場所でも大丈夫だって安心したくて、ひどいことを言っちゃったね。あれから何度か連絡したけど、お返事をもらえなかったからこうして早紀ちゃんに伝えます。
早紀ちゃんが新しい学校に馴染めていないってお母さんから聞いて、誰にも内緒でああして連絡しました。看護師さんたちには携帯の使い方を色々教えてもらったけど。
本当は、ミナミちゃんがおばあちゃんだってことも言いたかったけど、それだと早紀ちゃんにまた嫌な思いをさせちゃうと思って黙ってました。昔から負けず嫌いな子だったもんね。
最初は早紀ちゃんを励ましたくて始めたことだけど、おばあちゃんも若い頃に戻れたみたいで楽しかったよ。いままで話し相手になってくれてありがとう。身体に気をつけて、お勉強頑張ってね。
もっと早紀ちゃんとお話ししたかったな。最後にこんなことしかしてあげられなかったおばあちゃんでごめんね。】
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