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あれは、大学のゼミ旅行か何かのときだったと思う。旅館の浴衣姿のあいつが、酔い潰れてうたた寝をしていた。はだけた合わせから出た脚が。長くて白い男の脚が。綺麗だと思ったんだ。
それから、妙に脳裏に焼き付いた寝姿は、卒業して以来見ることは無かった。
△△▽▽
「――言っておいた物、ありますか」
商店街の外れ。昼下がり。古い薬局、というか漢方薬屋の入口。
見慣れた無表情を見た途端、俺は玄関の戸を開けたのを後悔した。
「あっても今日は出さないよ。女の子来てるんだから帰れ。シッシッ」
時々ウチに来る、くたびれた白衣をはおった無愛想仏頂面男。赤羽。
大学で同じ研究室の同回生だったことも、仕事の何かを買いに来てることも知っている。
けど、今日は、いや今日も、ウチには付き合い始めたばかりの子が来てるんだ。女の子との甘いトークを中断してまでこの陰気面は見たかない。
「では未入荷、と」
「……明日なら出してやらなくも無いぜ」
嫌がらせに言ってやると、仕事用だった赤羽の顔がぴくりと変わる。具体的には、前髪の下のしょぼしょぼ目が開いて眉がつり上がる。
「黙れスケコマシ。今すぐ寄越せ。仕事しろ」
ぎらりと睨む、眠気と闘い続けて眉間のシワとクマがしみついた三白眼に、ド低音の毒舌。
可愛くて甘い声の女の子とよろしくやってる時に、会いたく無いだろこれは。
「ふふん。僕は愛に生きてるんだ」
「そう言って何百人に振られてるんですか」
「うるさいな、まだ百人もいってないよ!」
うっかり大声を出したら、店の奥からどうしたのと女の子の声がして、俺も赤羽も下らない話をやめる。
「チッ」
「おい舌打ちしたなお前」
祖父さんから継いだこの古い漢方薬屋は、卸売りばっかでほとんど客が来ないからって引き受けたのに、女の子とゆっくりできてたのに。
「また来ます」
「来なくていいよ」
ここまでがもはやテンプレだ。どこの医療系か薬品系企業の研究員だか忘れたが、この男は俺の都合なんかお構い無しに週2くらいで突然やって来る。そんで毎回同じやり取りをして終わる。
「会社員ならアポ取ってから来いよな!」
「客に何言ってんだ事業主」
結局、毎回あれこれ出させられ、あいつはいつも通り涼しい顔で、いや、無愛想仏頂面で要るものだけを買っていく。
「二度と来んな!」
「欠品してたの、入荷したら連絡くださいよ」
「しないよ!」
連絡しなくてもどうせ来週にはまた来るんだよこいつは。
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