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そんな赤羽と、ある日何でかばったり飲み屋で出くわした。
女の子に振られ、飲んで忘れるかと入った安い居酒屋のカウンター席。
「はあぁ……」
「それ、何回めですか?」
「そんなん数えて……は?」
気が付けばあいつが隣に居た。
「何で居んのお前」
「案内、されましたから。スタッフに」
珍しく私服の赤羽はいつもの無愛想面で返すと、俺の顔と散らかった卓を見てくくっと笑った。
「また振られたんですか」
赤羽が笑った。でもその驚きより、ざっくり来たハートの痛みの方が勝って変な声が出た。
「お前……傷口えぐりやがって」
ため息と一緒に、冷えた焼鳥を噛みしめる。まずい。傷心に塩が擦り込まれる予感しかしない。
隣で、店のタブレットを操りそつなく注文をしている赤羽を警戒しながら、串を消費して気の抜けたビールを空ける。
腹とハートが落ち着くと、周りの賑やかさも聞こえ始め、何だか口寂しくなって俺も追加オーダーする。
お皿を回収に来たお姉さんにありがとーと笑顔を振りまいて、今がえらく珍しい状況な事に気がついた。
「てかお前、社畜のくせに珍しい所に居るな」
「ええ。明日は久しぶりに全休ですし、飲んで帰ろうかと」
「休みって普通1日休みだろ……」
会社勤めしたこと無いから知らないけど。あと社畜は否定しないんだなこいつ。
「まあ、今日は飲みたい気分なんですよ」
ちょうどそれぞれ酒が運ばれてきた。赤羽はどれだけ長い間飲んでないのか、何かのサワーをしみじみと飲んでいる。次に来た、串の盛り合わせを黙々と平らげて、またサワーをゆっくり減らす。ほんとどれだけ休みが嬉しんだよってくらい、表情が緩んで見える。
「……何か?」
じろりと俺を見る赤羽は、もう顔が赤くなりかけていた。
そういえばこいつ、あんまり飲めないんだよな。俺はいける口だけどなと、ニヤニヤ見返す。
「別に? ネチネチいびられるのかと思ったら黙ってるし、飲みたいって言ってた割にはいい飲みっぷりとは言えないなあと思ってね」
水割りを傾けながら言ってやると、睨むのをやめて目元が柔らかくなった。
「そうですね」
言い返されなかった。
拍子抜けしたけど、また笑った?いや気のせいだよな。
「今、それどころではありませんから」
「? そんなにお腹空いてんの?」
「……ええ」
急に静かになった。持ってこられた皿いっぱいのサラダを黙々と空にし、次が届くまでにもろきゅうだセセリポン酢だのの小鉢系を制覇し、だし巻き卵と唐揚げを平らげ、更に追加のオーダーをし始める。いやめっちゃ食うなこいつ。
「えぇ…? 飲みに来たんじゃないの……」
「そうですか? ……私はいわゆる『燃費が悪い』タイプらしいので」
「そのほっそい体のどこに入って消費されてるんだよ。世の中の女の子全員敵にまわすぞ」
「細いですかね」
「見りゃ分かるよ。お前昔っから足もほっそくてさあ。ゼミの合宿のときも」
言いかけて止めた。赤羽が何ともいえない顔をしたのと、脳裡に焼き付いたあの光景がよぎって、ヒエッてなったから。何でか知らないけど。
赤羽は、食べ終わったラーメンの器を静かに置くと、何でもないように汗ばんだ額と口を拭った。
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