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「……そういえば、あなたは強いんでしたよね、お酒」
タブレットに指を滑らせ、更に追加オーダーをしたようだ。
「飲み明かすのも、悪くないかもしれません」
「? あっ、ありがとー。お姉さんキレイだね、また来ようかな」
ちょうど来た二杯目の水割りを受け取ると、赤羽が呟いた。
「……そうやって、あなたは誰でも誉める」
「は?」
キレイな女の子誉めるとか普通でしょ。
赤羽は画面に指を滑らせながら、淡々と続ける。
「覚えてますか? 私がゼミ演習用のレジュメを作っていたとき。分子式の図表が分かりやすくてすごいと言った事。……あの研究室で私を誉めたのは、あなただけです」
目を細めるこいつは、すっかり酔っているらしく耳まで赤い。
そんな、大学時代の一瞬に何気なく言った事まで覚えてるなんて。
俺は。
「……ぜんっぜん覚えてない」
「あなたという人は……」
「何だそのクソデカため息」
しかし赤羽は俺をぎろりと睨むと、それはそれは悪い顔で笑った。
「さ、晩酌のお相手が居ないんでしょう? 私が付き合ってあげますよ」
△△△▽▽▽
10分と経たないうちに赤羽は酔いつぶれた。
「……お前、酒弱いんだから張り合うなよな」
「張り、合ってません。あなたが、煽ったんでしょう」
呂律もあやしい千鳥足。しかも始終ふわふわ笑っている。赤羽が。気味悪い。
それでも肩を貸すのは、この細い男を放ったらかしたらころっと死にそうで、さすがにそれは寝覚めが悪そうだからってだけだ。
帰り道の途中で半分寝はじめたのを引きずって、ようやくウチの店の奥、いつも俺が居る和室に転がした。
水を飲んでひと息つき、さぁ呑み直すかとハイボール片手に部屋へ戻る。
「――?!」
危うく缶を落とすところだった。
畳で寝ているだけだ。でも、赤羽の奴があのよく伸びるスキニージーンズを穿いてるせいで、脚の形がそのまま見える。フラッシュバックのように、浴衣から出た脚が鮮明によみがえり、重なった。
みるみるうちに顔が火照る。欲しくなる。俺のものにしたくなる。こんなの、男女関係無く初めてだ。
動揺しながら、女の子達が俺を捨てる言葉の理由が分かった。やっと解った。
他の女が居る、私を見てない、どうせ遊びでしょ?
いつも同じ振られ方。まあ遊びの関係は否定できないけど。
「……クッソ。何で」
大股で部屋に入って、真ん中のちゃぶ台で缶を開ける。一人飲み用に買い置きしているお気に入りのハイボール。いつもの香りと炭酸が喉を滑り落ち、少しだけ気が紛れる。
でも離れない。すっとしていて細いのに筋肉はある脚。キメの細かそうな肌。すね毛とか皆無の、陽にあたっていない白さ。
一回見ただけの光景なのに、なんだかざわつく。いや男の脚だぞ俺。女の子の脚ならなめまわすように見た挙句、ピンヒールで踏まれたって構わないのに。
なのに、こいつの脚。
「………触りてぇ」
思わず口から出ていた。
「何がです」
「ギャッ!起きてやがったのかよ!」
いつも通りの仏頂面が、ぼんやり起き上がった。
「ここは……?」
「俺んちだよ。飲み屋でぶっ倒れたから仕方なく俺が連れて来てやったんだ、ありがたく思って感謝しろ!」
説明を聞いてるのかどうか、何かぼそぼそ言って目をこすりながらちゃぶ台へやって来た。マジ寝起き面だ。フラつく頭を頬杖で支え、ぼんやり俺を見ている。
そして予想外な事をのたまった。
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