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第6話 俺の立場
スマホのバイブレーションが枕元で鳴っている。
時刻を確認すると、朝8時を表示していた。
すぐ横を向くと、純矢さんが気持ち良さそうに眠っていた。
昨夜は純矢さんと初めての夜を過ごし、共に眠りについた。
俺は純矢さんを起こさないようにベッドから起き上がり、リビングへ向かった。
カーテンが閉まったままの薄暗い部屋。
閉まったカーテンの下から、わずかに光が差し込んでいる。
俺は窓辺に近寄り、太陽の光を部屋に入れた。
とても良い天気だ。
そして、昨日純矢さんがコーヒーを淹れてくれたように、コーヒーメーカーを操作し抽出を始めた。
ふとテーブルを見ると、昨日純矢さんから貰ったノートパソコンがそのままの状態で置かれていた。
とりあえず椅子に座り、パソコンを開く。
Windowsの初期画面のままで止まっていた。
Microsoftアカウントが必要のようだ。
一応、高校時代に作成したアカウントはあるが、ここで使ったら色々とまずい事になりそうなので、新しく作る事にした。
そして新たに作成したアカウントでログインする。
ホーム画面は、本当に初期状態で、プリインストールされているワード、エクセル、パワーポイントの他にインターネットエクスプローラーがあるくらいで、すっきりとしていた。
とりあえず各ソフトを開き、きちんと動作するか確認する。
しばらく放置されていたパソコンだったが、ちゃんと動くようだ。
ソフトの動作確認が終わったところで、コーヒーメーカーがカチッと鳴り、コーヒーが出来た事を伝える。
コーヒーの良い香りが部屋を包み込む。
俺は純矢さんが洗ってくれたマグカップを手に取り、静かにコーヒーを注ぐ。
注ぎ終わったところで部屋のドアが開き、純矢さんが起きてきた。
「純矢さん、おはよう。」
そう言って挨拶をする。
純矢さんはまだ眠そうに、目を擦りながら、
「湊、おはよう。」
そう言ってあくびをしながらテーブルに座った。
「純矢さん、コーヒー淹れたけど飲む?」
「淹れてくれたんか?おおきに♪もらうで♪」
食器乾燥機の中から、昨日純矢さんが使っていたマグカップを取り出し、同じように注ぐ。
そして、純矢さんに手渡した。
とても嬉しそうに受け取ってくれた。
「せや、湊、早速で申し訳ないんやが、今日から動いてくれんか?組の連中が使った領収書が溜まっとってな…。まるで無法地帯みたいになっとる。まだ足がそんなやから、ここでしてくれて構わん。やれそうか?」
少し心配そうに聞いてきた。
特に予定がなかったので、
「うん、分かった(笑)さっきちょうど動作確認してたとこ。」
そう笑顔で返事した。
すると純矢さんもニコッと笑い、
「おおきに♪ほな、寝とった部屋に領収書置いとるから、ちと取ってくるで~」
そう言ってマグカップを置き、寝室に行った。
数分経過し、純矢さんがファイルのような物を持ってきた。
そのファイルを俺に手渡す。
受け取ったファイルは、そこそこの重さだった。
若干嫌な予感がしファイルを開くと、領収書がゴソっと何の仕分けもなしに入っていた。
『ここからか…』
入力する以前の問題で、仕分け作業から入ることになりそうだ。
「ざっと1ヶ月分はあるやろか…。運転手の井上があんな感じやから、誰もやる人がおらんでな…。」
そう言うと、純矢さんは少し呆れたような顔をした。
「ちょっと今日は入力までいかないかもしれない…。まずは日毎に分けるところからやらなきゃ…。」
俺がそう言うと、
「ゆっくりで良え(笑)仕分けくらいなら、ワシでも手伝えるで♪」
純矢さんがニコッと笑って言った。
「純矢さんは、今日は仕事行かないの?」
そう聞くと、
「今日は行かん。ワシ組長やけ、行っても行かんでも良え。何ならワシもここで出来るしな♪」
満面の笑みでそう答えた。
「純矢さん、クリップか何かない?仕分ける時に止めとかないと分からなくなりそう…。」
「そんな物は…ないっ♪」
超笑顔で即答した。
『マジか…』
気持ちが表情にも出たのか、
「何なら組の者に買ってこさせるで(笑)欲しい物があれば、メモに書いとき♪」
外出する気はさらさら無いらしい。
俺はスマホのメモ機能に、クリップ、蛍光ペン、ハサミ、テープ、クリアファイル、付箋と、事務作業に使えそうな文房具を一通り打ち込み、それをコピペして純矢さんにLINEで送る。
「今欲しい物LINEで送ったから、それ頼んでも良い?」
すると純矢さんは、
「湊、仕事早いな…。頼りになるでぇ(笑)」
そう言って、純矢さんは誰かに電話をし始めた。
「あぁワシやが、今から言うもの買うて来てくれへんか?」
どうやら電話の相手は舎弟らしい。
「んで…、あとタバコ2箱買って来てくれ…。ん?1箱はワシ、もう1箱は湊の分やで?ほな、頼むで~」
そう言って、電話を切った。
電話を切ったタイミングで、素朴な疑問を純矢さんに投げる。
「そういえば、昨日送ってくれた井上さん?すごい腰が低い人だね。純矢さんに対してなら分かるけど、こんな俺にも…。」
そう言うと、純矢さんは笑いながら、
「そりゃそうやで(笑)と言うか、井上に限らず、他の連中もそんな感じやと思うで。湊はワシの相方やからな(笑)カミさんと同じ扱いや(笑)せやから、みんな敬語で話してくると思うで?(笑)それに…」
純矢さんは一瞬黙ったが、また話し続けた。
「誰もやりたがらない仕事を引き受けてくれたからな(笑)余計頭上がらんと思うで(笑)湊もたった数日で、ワシとほぼ同じ位置にのぼり詰めたんや(笑)」
それを聞いて、少し申し訳なくなってきた。
「そんな…。俺には普通に接してくれて良いのに…。」
素直にそう言うと、
「お前はその考え方で良えんよ(笑)組の連中には昔から、ワシが付き合うことになったら、その相手をカミさんと同じように扱えと言ってあるけん(笑)湊に何かしてきたら、ワシが許さへん♪」
声は笑っていたが、目が笑っていなかった。
『これはガチだ…』
直感でそう思った。
「せや、コーヒー飲みながら一服しよか~」
そう言ってポケットからタバコを取り出し、自分で咥えて火を点ける。
そして昨夜と同じように、自分が咥えたタバコを俺に渡してくれた。
側から見たら平凡な朝だが、俺にとってはとても幸せな空間だった。
「ほな、舎弟が来るまでゆっくりしよか(笑)」
そう言って、自分も一服し始めた。
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