福祉小説〔 祉福 〕・1

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 問・一    大切な人が寝たきりになると分かり、ショックを受けている人に掛ける言葉として、  適切なものを選べ。  一、「仕方ないよ」  二、「誰も悪くないよ」  三、「生きてただけ良かった」  四、「 —————— 」 「……奇跡でも起きなきゃ、無理ですよね」 「そりゃそうだろ。寝たきりになって、もう一年だぞ」 「ですよね……」 「でも若いから、ひょっとしたらってこと、ないですか?」 「いや、そりゃぁお前、可能性なら無限大だよ。 可能性だけならな」  俺たちの仕事はいつだってそうだ—— 「煮詰まってるな。入れ込み過ぎだぞ」 「すいません……分かってるんですけどね」  ——在りもしない可能性に掛けながら、毎日のように相手と向き合う。 「前にも言ったけど、別にお前のせいじゃねーだろ。 それより、カンファレンス始まるぞ」 「はい……行って来ます」  いつか……元気になるかもって、その爪の垢ほどの可能性に。   柏木主任の慰めの言葉を受けた俺は、一つ上の階にある会議室へと向かった。 俺の名前は鹿村義隆 ―かむらよしたかー。 この病院の看護助手をしている。一応、介護福祉士だ。 一般の病院では、看護助手の仕事は、レントゲン室やリハビリ室への患者さんの送迎、看護師の計測後の尿廃棄や、依頼された雑務やサポートが主だ。 だがこの病院は、俺たち看護助手にも直接、体のケアを任せ、夜勤も含めた担当制を採用している。 「はぁ……」  思い足取りのまま階段を昇りきると、会議室の入り口で、看護師の水田さんと、リハビリの梅野さんが話し込んでいた。  二人共、今からカンファレンスに上がる患者さんの、担当だ。 表情から察するに、少し困った様子が見受けられる。 「どうしました?」 「あっ、鹿村くん」 「中に入らないんですか」 「そうね、中で話そっか」    席に着いた早々、水田さんが溜息と一緒に、話を切り出した——。 「実は、龍口さんの御家族から、強い希望があって」 「強い希望?」  梅野さんが尋ねる。  「息子を……窓際のベッド位置に替えてくれって」 「窓際? 希望は分かりますけど、最初の話だと、早期の異変発見の為に、居室の入り口側にしてくれって言う、ご家族からの希望があったんじゃ……。その為に、わざわざステーションに一番近い部屋にしたんですよね?」  情報提供書と、一番最初に家族に聴き取りをした用紙を確認しながら、俺が答える。 「そうなんだけどね……」   ——年間を通して、人気のベッド位置。  病院内の壁飾りや面会者の着ている物の移り変わり以外で、唯一、四季が感じられるもの。光がふんだんに入り、カーテンをしても、その明るさを眩しく感じるほどだ。  生活リズムの構築、昼夜逆転、骨粗鬆症の予防—— 朝日と夕焼けが見られるだけで、自分が生きていることを、世界から取り残されていないことを実感すると、ある患者さんが言っていた。 何よりも、生きている実感を感じられる場所。 それが、陽の当たる場所—— 「龍口さん、若いからね。それは家族もお願いにくるよね」 梅野さんが呟く。  今回のカンファレンスの患者。  龍口翔太 二十二才。  友人数人と共にボディボード中、近くを走行していた水上バイクと衝突。  水上バイクの運転者は足の骨折で済み、龍口さんは衝突時に意識を失い、海中に沈んだまま、発見まで時間を要した。  その事故から、もうすぐ一年が経過する—— 救急搬送され、すぐに処置を行うも、回復の遅延が目立ち、寝たきりとなる。  現在は、民事と刑事で訴訟中。 海中から引き揚げられた際、龍口さんと一緒に来ていた交際中の彼女は、意識が回復しない理由が分からないと、医師に告げられ、 「何で⁉ 何でこんなことになったのよ! ねぇ! 誰か……誰か教えてよ‼」  そう言って泣き崩れた彼女、邑瀬優実は俺の同僚だった——。   当時、彼氏と海に行くと言う話を聞き、彼女と仲が良かった介護士の俺、同僚の看護師二人、そして龍口さんの五人で、俺の介護福祉士国家試験の合格祝いを兼ねて、海に遊びに来ていた。  初対面の龍口さんは、誰が見ても好青年で、話している内に、俺の高校の後輩だと言うことが分かった。  知っている先生の話や学校にある、謎の伝統の話で盛り上がり、あっという間に仲良くなった。 「いつか、プロのボディボーダーになろうと思うんです」 「凄いな、龍口くんは。もう将来のこと、決めているんだ」  俺は資格を取って半年、研修も終わり、褒められることも多くなって、若干……いや、浮かれまくっていた。 「翔太で良いっスよ、先輩。 本当は遅いぐらいなんです。 俺、二十歳越えてて……世界では十代がピークって言われてるんスよ」 「えっ、マジで⁉ 今ってそんななの?」 「そーなんスよ。でもまぁ、海に来て日差しを浴びたり、潮の香り嗅いでるだけでも、俺的には結構、幸せなんスけどね」 「彼女もいるしな」  付き合って、三ヶ月の邑瀬と翔太は、とても幸せそうだった。 「じゃぁ俺、良い波が来てるんで、ちょっと行って来ます」 そう言って、眩しそうに太陽を見上げ、波に向かって走って行った翔太を見送った俺は、開放感から横になり、翔太の言葉を思い出しながら、これからの自分の人生について、想いを巡らせていた。  翔太が海中に沈んだ後、俺たちも側に行こうとしたが、それよりも早く、近くにいたボディボーダーと、ぶつかった水上バイクの仲間が駆け付け、それぞれを助けた。 陸に揚げられた翔太は、真っ青な顔で体中は弛緩し、呼吸も停止し、心拍も止まっていた。明らかにマズイ状態——。 「すいません! 誰かAEDを!」 指示を出し合い、看護師の同僚二人と俺で救命措置を施し、誰かが持ってきたAEDを使い、誰かが呼んだ救急車が到着し、邑瀬が病院まで同行していった。 ——後から病院に着いた俺たちの前で、彼女は絶叫した。 「なんで誰も答えてくれないの⁉ ねぇ、何で!」  その言葉に頭の中では、幾つもの言葉が浮かんでは沈み、浮上しようとしていたが、喉が蓋をするように、言葉を発することさえ、ままならなかった。 結局——、俺を含めた誰もが、彼女の 『問い』 には答えられなかった。 「あの距離じゃ、助けられないよ」 「水上バイクの禁止エリアじゃなかったし」 「生きてただけでも、良かったと思うしかないよ」 「そうだね、仕方ないよね」  邑瀬と翔太のいない帰りの車内で、俺たちは自分たちの行動を振り返り、答えではない答えを、探し続けていた。   誰も……本当に誰も、彼女にも翔太にも、掛ける言葉が見つからなかった。  俺はあの時、なんて言えば良かったのだろう—— 「——家族の窓側希望って言っても、そんな急には……他の患者さんと、その家族にも説明しないと」 俺が答える。 「そうよね……この件は、ちょっと一旦保留かな」 「じゃぁ、リハビリは現状のを継続して、時期的に暑くなってきたから、清潔保持に努めて、スキンケアを重点的に——」  粛々と進んだカンファレンスは、その後すぐに終わった。  御家族からの、希望の解決と言う課題を残して。
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