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act.2 秋は憂鬱なわけで
「憂鬱な顔だね、美姫」
5時間目の「道徳」がL H Rに変わった9月の半ば。掃除当番を終えて、図書館に向かうあたしの背を追ってきたのは、親友の田辺茉彩だ。
「聞かないでよ。分かってるくせに」
「おお、不機嫌。今日、バニーズ行くんでしょ?」
そうだった。秋の新作スイーツ「和栗のもりもりモンブランパフェ」の攻略を楽しみにしていたんだ。
「ごめん。15分だけ待って」
「はいはい。あれ? 転校生かな。こんな時期に珍しー」
階段を下りて右に曲がったあたしの横で、マーヤは反対方向にある職員室へ首を伸ばした。
「男? 女?」
「んー、多分、女子。何年生だろうね」
「さぁ……興味ない」
「じゃ、聞くなよー」
母親同士が友達で、いとこより早く仲良くなったマーヤは、気心知れた唯一無二の友。気さくで明るく社交的な性格で、周囲に壁を張り巡らしているあたしとは大違いだ。
「あんた、借りないの?」
「んー、アルバート様が、やっとギルドに登録したばかりでさぁ」
あまり読書家ではない彼女は、先週、異世界転生もののファンタジー小説を借りた。勇者達のクエストは、なかなか進まないらしい。
「あれって、レン君が出た映画の原作でしょ」
「やっぱ、映像とは違くてねー」
お気に入りのアイドルユニットLOVERSのメンバー金城レンが主演を務めた映画を観たから『物語に入り込みやすい筈、楽勝!』と豪語していたのは、どこの誰だったか。
「じゃ、行ってくる」
図書館を入って左側には、スマホが使える休憩コーナーがある。そこのソファーにマーヤを残すと、あたしは中ゲートのICリーダーに利用証のカードをかざして、閲覧コーナーに進んだ。
高さ23cm、600kcal超えの茶色いパフェがコースターの上に置かれる。さながらツインタワーの如く、あたしとマーヤそれぞれの前にそびえ立つ様は圧巻だ。素早く画像を確保すると、あたし達は視線を交わし、柄の長い銀のスプーンを手に取った。
「はー、至福」
「このマロンクリーム、解けるー」
頂上の宝石、マロングラッセを落とさないように避けながら、まずは繊細な和栗の糸を削る。甘過ぎないのに、栗感がたっぷりと深い。
「いやー、日本に生まれて良かった!」
「あんた大袈裟だよ」
マーヤにツッコミを入れるものの、確かにこのパフェは和洋折衷の芸術、日本の食文化の恩恵を大いに受けている。
和栗のマロンクリームの下はミルク感の強いソフトクリームが、まさに白い山を形作っていた。その山中を掘り進めると、スイートポテトのパイ、ほうじ茶味のカステラ、もちもちの白玉などの和スイーツが次々と現れた。極めつけは、最下層。定番のコーンフレークの底に濃厚な黒蜜ソースが溜まっており、上層のソフトクリームと絡めると絶品なのだった。
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